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「旅籠屋日記」は、会社の公式見解ではなく、当社を設立し代表取締役を務めている
甲斐 真の日々の思いをつづった 個人的な日記あるいは随想です。
したがって、書き込みの内容についての責任は会社ではなく、個人に帰します。
ただし、その信条や個性が「旅籠屋」という事業を生み出し牽引する、
重要かつ不可欠な要素であると考え、
あえて「旅籠屋日記」という名称を用い、 「旅籠屋」のサイト内に置いています。
「旅籠屋」という会社やその事業が、
広く社会の中でどのような存在になることを目指しているのか、
その理念とコンセプト、背景にある感性の源泉を汲み取っていただければ幸いです。

2016年12月26日 旅館業法の改正についての、当社の関わり方

ニュースでも報道されていたのでご存知の方もいるかもしれないが、12月6日、内閣府の諮問機関である「規制改革推進会議」より「旅館業規制の見直しに関する意見」が政府に提出された。


この内容の多くは、当社が(財)宿泊施設活性化機構に対して提出した資料や問題提起をベースとしてまとめられている。
その提出資料は、以下のとおり。

160714民泊新法に関する提言 ・・・ 7月14日に当社より宿泊施設活性化機構へ提出
161117不合理な規制の実例 ・・・ 11月17日に当社より宿泊施設活性化機構へ提出
161125旅館業法に関連する規制の実例 ・・・ 11月25日に当社より宿泊施設活性化機構へ提出

当社は、21年前にオープンした「日光鬼怒川店」以降、常に「旅館業法」などの規制に直面してきた。
これらの法令は、当初の目的であった公衆衛生上の観点に加え、1980年代に乱立したラブホテルを抑制するための細かな規制が加えられている。
ところが、「車で移動する人たちのための郊外の素泊まりの宿」という点で、本来のMOTELと「ラブホテル」に表面的な類似性があり、結果的に抵触する部分が少なくないという問題に悩まされてきた。
法令が制定された時点では、「ファミリーロッジ旅籠屋」のような本来のMOTELが想定されていなかったため、時代遅れで不合理な部分がたくさんあるのだ。
そもそも「ラブホテル」を白眼視することがどうなのかという問題もあるが、こうした規制が日本における本来のMOTELの普及を妨げ、「ファミリーロッジ旅籠屋」出店における大きな障壁となってきた。
「このままでは許可できない」と指摘されるたびに、法令の趣旨に照らして合理性があることを主張し、規制の枝葉末節に従うのでなく、手間ひまをかけて理解を求め、道を開いてきた。
つい先日も、四国のある市役所で、「特定ホテル建築規制条例」というものが定められており、一人用客室の数が全客室の3分の1未満であったり、ラウンジの面積が50u以上でなければ「ラブホテル」とみなす、と言われた。
「専ら異性を同伴する客の宿泊又は休憩に利用させることを目的とするもの」という前提条件があるのだから、当社の施設は該当しないと主張したのだが、それを判断するのは別途開催する審議会であり、それに諮るかどうかは我々担当部署が決める、という。
これから、求められるままに資料を提出し、既存店を案内したりして、審議会の開催をお願いし続けなくてはならない。
これをクリアーしなければ建築確認の申請も受け付けられないのだから、少なくとも2〜3ヶ月の時間が余計にかかる。

我々は、こんな誤解と煩雑な手続きで悩まされているのに、いっぽうで、非合法な「民泊」が増え、政府主導で「合法化」を急ぐ動きが顕著になっている。
過剰な規制で苦しんでいる状況が続いているなか、もぐりで横行する「空き室活用のためだけの金儲け」がなし崩し的に規制緩和されるのはおかしい。これを機に、既存の法令も抜本的に改正すべきではないか、このような問題意識から、今年2月に新聞に投稿を行った。
その内容については3月31日の「旅籠屋日記」に転記したので、ご覧ください。
その後、この投稿を機に、(財)宿泊施設活性化機構から、「民泊の合法化に関し、政府に対して既存法令の問題点について政策提言を行いたい。ついては、具体的なご意見を」との連絡があり、3回にわたって来社され、資料を提出し、提案を行ったいう次第である。

当社は、単に格安な宿泊施設を作って新しいビジネスを始めよう、という目的でスタートしたのではない。
このようなスタイルの宿泊施設を車社会のインフラとして整備することによって自由な旅やライフスタイルを守り育てていきたいという願いと使命感を持って歩んできた。
加えて、その過程で直面する不合理には、目を背けたり逃げたりせず風穴を開けようという姿勢を大切にしてきた。
今回のことも、そういう考えの中で力を尽くしてきたことである。

来年1月から始まる通常国会で審議されるようだが、我々の経験や提案が反映されることを心から願っている。

2016年12月6日 支配人の仕事
去年の後半から兆しはあったのだが、今年に入って店舗の支配人不足が顕著になった。
コンスタントに続いていた応募がなぜか途切れがちになっていたところに、新店舗のオープン(今年は7店)と病気・介護・定年による退職者の増加が重なった。
かといって、9割以上が予約によるお客様なので、店を閉めるわけにはいかない。かわりに本社スタッフが「代行支配人」として店舗に赴くが、次第にその頻度が高くなり、ここ数ヶ月は、常に本社社員の過半が出張中という状況が続いた。全員が顔を揃える日は月に1度くらいで、重要な打ち合わせもままならない。
9月からは役員も交代で店舗に泊り込むことになり、私も2回、十数年ぶりに「支配人」を務めた。客室を掃除し、予約を受け、フロントに立ってお客様をお迎えする。20年前の1号店支配人としての3年間が思い出される。

朝食の準備を終えると、チェックアウトされた客室をまわり、窓を開けて換気し、リネンやゴミを回収し、バスタブや便器を洗い、ベッドを作り、掃除機をかける。10室を超えると午後3時のチェックイン開始時刻に追われながら数時間の作業になる。予約の電話対応やメールチェックも並行して続く。乱れた部屋が整っていく達成感はあるものの、正直言って、決して楽しい作業とは言い難い。そんな気分を久しぶりに味わった。

素泊まりの宿の日常業務は地味で単調である。おいしい料理や美しい飾りなど、お客様を驚かせる「華」がない。マイナスをゼロにする作業で、プラスを演出する喜びを感じることが少ない。
これは、ベーシックなインフラ施設を維持する仕事に共通する宿命かもしれない。電気・水道・ガス・通信、道路・鉄道・物流、滞りなく流れていて当たり前、清潔に整っていて当たり前。

立場を忘れて言うが、私は黙々と職責を果たしている支配人に敬意を抱いている。仕事なんだから当たり前、という見方もあるだろうが、義務感だけで続けられる仕事ではない。3年間、ほぼ休みなく務めた私の実感である。
社内でいつも言っていることだが、建物内外の清掃やグリーンのメンテは、目に映る姿の背後に人の心が透けて見える。店舗を訪ね、気持ちよく整えられた雰囲気に接したときに浮かんでくるのは、経営者としての満足感ではなく、人間として頭が下がる思い、嬉しくなるような共感である。
もちろん、逆の場合もある。しかし、一方的に責める気にはなれない。延々と続く日常はとても重い。鬱屈した思いが伝わってくる。閉塞感に苦しむ気持ちもわかる。
日々のストレスを軽減する配慮ができないか、少しでも改善する手立てはないかと考えるが、ひとりひとりの性格や人生観もからむので、単純な対策で解決できるわけではない。人間は機械ではない。
お客様のかけがえのない旅の時間を支えているという自覚や、たまに寄せられる感謝の声を自分自身の喜びとして、と言うのは容易だが、人生経験から得られる心の余裕やある種の達観がなければ難しいことのように思う。

「ファミリーロッジ旅籠屋」はすべて直営であり、支配人はすべて当社の正社員である。人生を共にするふたりが店舗に住み込み、文字通り力を合わせて運営業務を行っている。最初に2週間ほどの研修を受けた後、半年から1年の間、支配人が休暇の際の「代行支配人」として、全国各地の店舗を回る。この期間は移動も多く、数日おきに勤務地が変わるため、気苦労も多い。しかし、その経験が支配人になるための貴重な財産になる。これは、お互いに適性を見極める期間でもある。以上、詳しくはこちらをご覧ください
いっぽう、「代行支配人」専門の人たちも十数組いる。前の職場を定年で退職した中高年の夫婦が中心だが、最近では旅籠屋支配人の経験者も加わるようになって来た。
山あり谷ありの人生を共に歩んできた二人だからこその気負いのない雰囲気、人生の達人と呼びたいような素敵なカップルが多い。

初めて積極的な求人広告を行った効果もあり、おかげさまでたくさんのご応募をいただいた。年明けには人手不足がほぼ解消される見通しだ。
しかし、本社スタッフによる「代行勤務」は、来年も続けていく予定である。店舗の実際の状況を感じ、支配人の気持ちを理解することが、すべての基本である。
支配人たちの笑顔が消えたら、私たちの会社が存在する意味の半分はない。

2016年3月31日 「民泊」について

あと3ヶ月で会社設立から満22年になる。その頃の話し。
登記手続きを終えてすぐに1号店オープンに向けて、用地(借地)探し、建物の設計と建築確認申請、建設業者探しと見積もり依頼などを進めた。
並行して、宿泊営業の許可をとるための準備に着手したが、これがたいへんな作業で難航した。
長く住宅メーカーに勤務していたので建物を作ることに関しては想定内だったが、宿泊業の経験は皆無、申請先が保健所であることすら知らなかった。
担当者の方は真面目な女性で、旅館業法や関連する条例の細かい規定をひとつひとつあげて、これでは到底許可できないと譲らない。
当時の私がそうであったように、一般の人がその規制の細かさや厳しさを目にすることはない。旅館業法の施行令には、客室の広さはもちろん、フロントの位置、カウンターの高さや長さ、外部の共同用トイレについても定めがある。
そもそもアメリカのMOTELのような車で移動する人々のためのオープンで気軽な宿泊施設が想定されていない。逆に、車で乗り付けて利用するラブホテルとの表面的な類似性が足かせになって、駐車場から客室にはフロントを通らなければならず直接の行き来は認められないという。
人生のすべてを賭けた事業はすでに後戻りできない段階まで進んでおり、こちらも必死である。何ひとつやましい所はない。これからの日本に必要な施設であるという強い自負もある。法令の枝葉末節の解釈というレベルで妥協するつもりはないし、規制との食い違いはそんなことでクリアーできる範囲を超えている。
「法律が想定していない業態の施設なのだから、機械的に細かな条文との整合性だけを議論しても意味がありません。旅館業法の第1条に書かれている目的にかなった施設です。判断ができないというのなら、県の保健衛生局なり、県警本部なりの責任者を交えて議論しましょう」と訴える。
「旅籠屋さんが、ラブホテルとは違う宿泊施設を目指しているのは理解しました。でも、結果的にそうなってしまう可能性を否定できますか。ここはアメリカではなく、日本ですよ。」と担当者も譲らない。行政官としては恣意的に許認可の判断を行ってはいけないのだから当然である。
こうしたやり取りが何回繰り返されただろうか。不安で眠れない日が続いたのを覚えている。
後日談だが、数年後、2号店となる「那須店」を具体化する際に地元の保健所を訪ねたところ、あの同じ女性担当者が現れた。たまたま那須に異動していたのだ。お互い苦笑いしてしまったが、「旅籠屋さん、目指したとおり、ラブホテルではなく、色々な人たちに利用される宿になりましたね」と言われた。
彼女の不安を払拭し、ぎりぎりの決断に応えられたことが嬉しく誇らしかった。

あれから約20年、旅館業法やラブホテル抑制のための条例との戦いはほんとうに大変だったし、現在も進行中である。
そうした経験から言うと、 無許可で増えている「民泊」や、政治主導で進められている規制緩和は腹立たしくてならない。自宅の空き室を活用するのならまだしも、ワンルームマンションを借りて転用するなど目先の金儲けにかられているだけで、観光促進や地域創生などの志とは無縁のものだ。

そんな思いが抑えきれず、2月に新聞に投書した。
幸い、掲載された(電子版にも同じ内容で掲載されたので、こちらをご覧ください)が、文章はかなり変更されてしまったので、原文を以下に紹介します。
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私の視点  「民泊」の合法化  急ごしらえでなく、法令の総合的な見直しを  株式会社 旅籠屋  代表取締役 甲斐 真

 最近にわかに注目を集めている「民泊」。トラブルの増加にともない、「宿泊料を受けて人を宿泊させる営業である限り、旅館業法による許可を受けなければならないはずだ。これを機に関連法令を整備すべき」という議論がようやく活発になってきた。
 全国で増え続ける空き家を活用し、急増する外国人観光客などの需要に応えるべきではないかという意見がある。他方、法令を無視した「もぐり営業、フライング営業」は、看過すべきことではないという指摘がある。
 既存の宿泊業界からは、法令にしたがって許可申請を行う「正直者」が規制を受け、無視する者は黙認されるような状況は「法の下の平等」に反するという意見もある。いずれも理にかなった当然の主張である。
 当社はアメリカを中心に無数に存在するシンプルな汎用ロードサイドホテルを日本で初めて実現し、この二十年余りで全国各地に展開してきた。しかし、法律が想定していない業態であるため、さまざまな規制の壁に直面してきた。例えば、旅館業法施行令はホテルの共同用トイレに男女別の区分を求めている。客室にトイレがない古い施設を想定しての規定なのだが、車椅子で利用できる「誰でもトイレ」を自主的に設置する場合にも男女別が求められることがある。
 また、旅館業法に関連して、多くの自治体で「ラブホテル規制条例」が設けられているが、その中には「シングルルームが一定割合以上、あるいは幅1.4m以上のベッドを設ける客室が一定割合未満でなければラブホテルとみなす」というような定めがあり、許可を得るのに複雑な手続きを要することが少なくない。同様の例は他にもたくさんある。
  法律や条令は、基本的に社会の変化に対し後追いで定められるものだから、新しいビジネスの足かせになることが多い。宿泊業に関し、当社は時代遅れの不合理な規制に誰よりも悩まされてきた。だが、宿泊者に安全で衛生的な施設を提供するとともに周辺の生活環境との調和を図ることは当然のことで、その基準となる法令の必要性と意義も十分に理解している。
 「民泊」の推進に向けて、政治主導の追い風が吹いているように感じられる。しかし、「民泊の合法化」だけに焦点を当てた部分的な規制緩和がなし崩し的に進められるのは厳に慎むべきことだと考える。
 旅館業法の目的には「利用者の需要の高度化及び多様化に対応したサービスの提供を促進」と記されている。すでに現実の宿泊施設は「民泊」だけでなくさまざまな形があり、改正すべき点が数多く存在する。これを機会に、許認可審査の現場である全国の保健所担当者を含め広く意見を求め、法令の包括的かつ抜本的な見直しを強く望む次第である。
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掲載後、目だった反応はないが、国土交通省の方が来社されヒアリングを受ける機会に恵まれた。20年以上続けてきて初めてのことである、ようやくである。
旅籠屋は、金儲けだけを求めて設立した会社ではない。日本になかったアメリカのMOTELのような経済的な宿泊施設を作って喜ばれたいというだけで始めた事業でもない。多種多様な個人が活用できるインフラを日本全国に誕生させることによって、ひとりひとりが自らの価値観で自主的に旅し、生きていけるような自由な社会が深まっていくことを願って続けていることである。
さらに、その過程で、不合理な規制を改め、偏見や事なかれ主義や先例重視の世の中の雰囲気が変わっていくことを心の底から願っている。
これを機に、ほんの少しでも存在価値が発揮できれば本望である。

2015年12月27日 ゆく年、来る年

日曜日のオフィスで、静かに今年1年を振り返る。

個人的には、去年の春に愛犬マギーを失った痛手が大きく、寂しい正月から1年が始まった。
迷ったあげく、人生最後のパートナードッグを迎え入れることを決め、保護犬の受け入れを検討したが、年齢的に難しく断念。結局4月に子犬2匹が新しい家族に加わった。
2kg足らずだった子犬はすくすくと育ち、もう30kg近くになったが、私が帰れば喜んで飛びついてくるし、いつもじっとこちらを見ている。
寂しがり屋でいつも無言で会話していたマギーとは違い、屈託がなく能天気なふたりだが、命とともに暮らすことが、どれだけ心を暖めてくれることか、どれだけ心を落ち着かせてくれることか。

10年来続けているランニング。未知の世界に分け入っていく好奇心や高揚感は失せてしまったが、負担にならない程度に続けることにしている。
走りたくて走ったことはないが、走り終わって後悔したことは一度もない。私の場合、走る理由は自己肯定感が得られること。
目標だった月間100kmを50kmに下げ、無理してフルマラソンに参加することはもうやめた。年明けには、ハーフマラソンの大会に出てのんびり完走したいと思っている。距離もペースも下がったが、3日空けずに走り続けようと思う。

若い頃から好きなことのひとつ、それはオートバイ。
これは、3年前に自分への還暦祝いとして久しぶりに新車を購入してから熱が復活し、1年ほど前にスポーツライディング用に買ったもう1台のバイクでサーキットランにも参加するようになった。恐怖感もあるけれど、走っていれば少しずつ上達していくのが嬉しい。春になったら、月に1度は革つなぎを着てドキドキしにいこうと思っている。もちろん、無理はしない。背伸びせず、挑戦し続けたいと思う。

若い頃からの変わらぬ趣味と言えばブルースハープ。
いろんなことがあり、練習する心の余裕を失ってしまってしまって、もう数年も前から吹かなくなっている。
でも、教室の手伝いは15年も続けていて、楽しそうな仲間たちとの世界は私にとっての貴重な財産だ。
音楽は、年齢や国籍や言葉と関係なく心を通わせられる。これこそ、足腰が弱っても味わえる最後の趣味になるのかもしれない。
年明けから、再開しようか。

さて、仕事のこと。

今年は1号店オープン、つまり創業から20周年の区切りの年だった。無我夢中の20年、毎日毎日雑用に追われるばかりで、長期的な視点に立ってグランドデザインを描く仕事に十分力を注いでいないという反省がふくらんでいる。
そんな中、周年事業として「オリジナル全国ドライブマップ」を作成したが、それは小さなことにすぎない。来年こそ、中長期的なビジョンやコンセプトを原点に返って深く問い直してみるつもり。そのためには、働く人たちの意欲を保ち高めていくための仕組みづくりや監督官庁への問題提起に正面から取り組まなければならない。
ルーチンワークに埋もれているのはある意味とても楽だが、そこから離れて未知の領域に踏み込むには大きなエネルギーが必要だ。
幸いなことに、私の怒りや願いはこの20数年間の環境の変化にも少しも動じず変わらなかった。ひそかな自負は、創業の思いにそれだけの深さと強さがあったということ。しかし、そこに安住し、過大評価するわけにはいけない。
経営者としての最大の使命は千年事業の基礎を固め、世の中に良い先例を作っていくことにある。
そして、それがおそらく私の人生最後の務めなのだ。

さぁ、犬たちを散歩させ、冬の隅田川沿いを走ってこよう。

2015年11月30日 テロのニュースで感じたこと
先日、パリで悲惨なテロ事件が起きた。一般市民が無差別に標的になった。ひどい話だ。

フランスへの連帯とテロを許さないという意思表示のために、facebookでは三色旗を自分のプロフィール写真に重ねる人も少なくなかったが、私は同調する気持になれなかった。
テロの犠牲者は今回に限ったことではなく、ロシアの航空機でもトルコでもレバノンでもエジプトでも各地で頻繁に起こっており、フランスだけを特別扱いをするのはおかしなことだ。
そしてもうひとつ、あのテロを実行した人たちはいたずら半分の愉快犯ではなく、命を賭した示唆活動を実行したのであって、そこには彼らなりの強い怒りがあったと考えるからだ。
似たようなことは、14年前にも感じたことだ。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件である。
あの時、世界中の人々が驚きアメリカに同情したものだが、私はアメリカがこれほどまでに憎まれ恨みを買っていることが容易に想像できた。

誤解されないように断言しておくが、私はアルカイダやISの肩を持つつもりはないし、テロを肯定するつもりもない。
しかし、19世紀以降、先進国が自国の利益のために「自由」「正義」「博愛」などというもっともらしい美名を掲げながら世界中で繰り返してきた蛮行を知っている。だから、テロの問題は、やくざの出入りのように、お互いが暴力で報復を繰り返したり、神に祈るだけで解決する問題だとは到底思えない。

ところで、数年前から、政財界のトップが「グローバル経済の中で少子高齢化の日本が生き延びていくためには、人間の鎖国を解き、海外からの労働力を広く受け入れるべきだ」発言することが増えている。私はこれに強い違和感を感じる。

海外を旅行していると、3K(きつい、汚い、危険)の仕事に移民らしき人たちが多いのに気づく。ホテルの廊下ですれ違うルームメイクの人たちも同じだ。気持ちがざらつく。申し訳ないような気がしてくる。
安い労働力を得るために、経済的に困窮する人たちを迎え入れる、そんな社会が健全だとは思えない。「平和で民主的な世界にようこそ、努力して同化すれば、すばらしい未来が待っていますよ」と言う人もいるのかもしれないが、私が感じるのは、欺瞞と偽善だ。伏目がちに働く人たちの鬱屈した感情、屈辱感や絶望に気づかないふりをするわけにはいかない。

私は個人の自由を何より大切にしたい。そのために、ひとりひとりの多様性を尊重しなければならないと考えてきた。日本社会は本質的に閉鎖的な村社会なので、「普通」から外れると生きにくい。そうした閉鎖性を緩めて、ひとりひとりが胸を張って自立して生きていけるようにしたい、旅籠屋はそうした願いの中で生まれたのだし、そのこだわりを頑なに守り、反映してきた。

しかし、あらゆる個性や違いがフラットに同居するような社会が望ましいとはけっして思ってはいない。日本人としてのアイデンティティや帰属意識を維持できないような社会に長期間暮らし、その一員になりたいとは思わない。
つまり、風俗・習慣・文化などを共有する人たちがマジョリティとして存在する世の中があり、これに属さない人々は排除されたり不当に差別されることはないけれど、そのマジョリティのルールを尊重する範囲内でマイノリティとして受け入れられている社会、それが私の暮らしたい社会である。だから、私は大量の移民受け入れには賛成できない。

付き合いの長い友人に話すと、そんな保守的な意見は私らしくないと言われる。でも、偽善的な「良識派」になりたいと思ったことはない。

フランスもドイツもイギリスも、自国の利益のために北アフリカや中近東やインドなどからたくさんの移民を受け入れてきた。短期的には経済的なメリットがあり、活力を生んできたかもしれないが、それは格差を固定させ、その割合が一定限度を超えると文化的な摩擦が噴出する。今はそんな段階なのだと思う。

旅籠屋は、予断・偏見・先入観にとらわれずお客様を受け入れることを何よりも大切にしてきた。
社内においても、学歴・職歴・国籍・宗教などにとらわれず社員を雇用してきた。LGBTの人も同様である。
しかし、基本は日本人の、日本人による、日本人のための宿であり、会社であると考えており、それで良いと考えている。海外からの旅行者への集客をしないこと、海外進出を考えていないこと、その理由はここにある。

その意味で、私は、グローバリゼーションには懐疑的だし、TPPの前提にも賛成できない。他の文化に生きる人たちの社会に西欧社会や先進国の正義を振りかざして介入することには反対である。世界はまだら模様でよいではないか。正義はけっしてひとつではない。

2015年11月12日 東京モーターショー
先週末「東京モーターショー」に行ってきた。
数えて44回、会場が東京に戻って3回目。幕張メッセの頃に比べてコンパクトになってしまったような印象を受けた。
ちなみに、第1回は1954年開催だったそうで、私の人生とほぼ重なっている。
そうか、私は日本におけるモータリーゼイションの発展とともに生きてきたことになるわけだ。
「モーターショー」にも10数回は来てるかもしれない。
 
当然、2輪を中心に見て回ったのだが、展示台数が少なく残念。私には「モーターサイクルショー」の方が楽しい。
ただ「モーターショー」の見所は、時代の空気を感じられる点にある。来場者の年齢層や熱気、人気のコーナー、メーカーの力の入れ所。
今回は、話題の「自動運転」がクローズアップされていた。
数時間かけて展示をひととおり見て回った後、当社もメンバーに加わっている「自動車旅行推進機構」が主催するシンポジウムに参加してきた。
今回のテーマは「カーたびの明日〜未来のクルマは旅をどう変えるか」。
こんなことができるようになる、こんなふうに旅が変わるかもしれない・・・
断片的には面白いアイデアも聞けたが「夢がひろがる」という気分にはまったくなれなかった。

この60年間で、車も家電品も驚くほど便利になり、我々の生活を変化させてきた。みんな新製品に驚き、あこがれを抱いてきた。
でも、最近は、そんなトキメキがめっきり少なくなった。
パソコンやネットや携帯電話の分野では熱が残っているかもしれないが、何かしっくりしないものを感じている人も少なくないように思う。
人間の本能や生理に対して、モノがじゅうぶん高機能になりすぎたのかもしれない。
サービスが押し付けがましくなっているようで、「夢見る」ことを無理強いさせられているようで、頭は面白がるけど、心が躍らない。
逆に、アナログで古臭いものが「懐かしく新鮮で」しっくりきたりする。

仕事がら、高速道路を使って長距離ドライブをする機会が少なくない。退屈である。苦痛である。そんな時、車が「自動運転」してくれればラクだと思う。
でも、そんな未来にワクワクしているわけではない。
総称して「スマート・モビリティ」。ビッグデータの上で管理され、予定調和的な快適さをなぞる。
それは、旅の本質に逆行するものに思えてならない。

年甲斐もなく、最近バイクでサーキットを走り始めている。
革ツナギなどの装備品を含めお金がかかる。休みの日に早起きして疲れてしまう。下手くそで悔しいし、危険じゃないけど少し怖い。でも楽しい。
私の愛車にはABS(アンチロック・ブレーキ・システム)もトラコン(トラクションコントロール)もいらない。
機械任せの安全や便利さを求めるなら、そもそもバイクに乗りたいと思っていないし、旅に行きたいとも思わない。

そんな人生なんてつまんない。
2015年11月5日 3大うまみ成分

先日、バイクツーリングの途中で、キノコ狩りを楽しんできた。ビニールハウスに並べられている木には、すでにたくさんのシイタケが育っており、これを根元からちぎるだけなのだが、傘が開いて胞子を放出する直前のものがグアニル酸が多く美味しいと教えられた。
ちなみに、 昆布のダシから発見されたグルタミン酸、かつお節のダシから発見されたイノシン酸、そして干しシイタケなどの煮出し汁に含まれるグアニル酸を3大うまみ成分と言うのだそうだ。さっそく採りたてのシイタケを炭火であぶって食べたのだが、驚くほど美味しかった。
「子孫を残す前がもっとも美味しい」という説明には説得力があって納得してしまったが、考えたら残酷で申し訳ない話しである。私が見逃せば、無事に胞子をばらまいて思いを遂げていたのかもしれないのだ。
そんなことを考えながらシイタケを見ていたら不思議な気分になった。
「キミは傘を広げ、胞子を放出するために生まれてきたの?」。子孫を残すことが生き物の目的なら、そうなのかもしれない。じめじめした薄暗い森の中で繰り返されるシイタケの世代交代。キミたちの一生って、それだけなの?
生命の本質がそういうことなら、リンゴの木も、犬も猫も、我々人間だって同じはずである。勉強して仕事して、楽しんで悲しんで、それって何なの。

足元には半年前に我が家に迎え入れたワンコがいて、つぶらな瞳でこちらを見ている。
難しい話しは別にして、無条件に可愛くて、一緒にいるだけで幸せ。
生きてるって、不思議だね。

1年ぶりの日記が変な話しになってしまいました。これからは、週記を目指して書き込みます。

 
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「旅籠屋主人のベンチャー日記」 (雑誌「戦略経営者」連載)はこちら