中小企業経営者の苦労話しや独り言です。


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「旅籠屋日記」は、会社の公式見解ではなく、当社を設立し代表取締役を務めている
甲斐 真の日々の思いをつづった 個人的な日記あるいは随想です。
したがって、書き込みの内容についての責任は会社ではなく、個人に帰します。
ただし、その信条や個性が「旅籠屋」という事業を生み出し牽引する、
重要かつ不可欠な要素であると考え、
あえて「旅籠屋日記」という名称を用い、 「旅籠屋」のサイト内に置いています。
「旅籠屋」という会社やその事業が、
広く社会の中でどのような存在になることを目指しているのか、
その理念とコンセプト、背景にある感性の源泉を汲み取っていただければ幸いです。

2012年1月20日 個人保証なしの融資

前回も書いたが、昨年末、念願の代表者個人保証なしの融資が実現した。
ひとつは東京都民銀行(期間1年)、もうひとつは商工中金(期間5年)である。
いずれも、これが初めてのおつきあい。当方から求めたことではあるが、いっさい何の保証もなく融資いただけたことに感激するとともに、正直少し驚いている。当社の事業の将来性や堅実な経営を評価いただいた結果であるとすれば誇らしいことだが、未上場企業において例外的なことであることを考えれば、担当者および支店長の熱意と英断に敬意を表したいと思う。

それにつけても、10年以上も前から取引きいただいてきた金融機関に踏み切っていただけなかったのは残念だった。それぞれの事情はあるのだろうが、金融機関も昔のような横並び体質は変わってきているようで、先例にこだわらない判断を強く求めたいと思う。

そもそも、安定して事業を継続している企業の長期的な発展を考えれば、創業者個人に永続的な関与を求めることは事業の承継を困難にすることを含め健全性を阻害する面があり、今回のケースが中小企業にとっての画期的な先例になればと願っている。

2011年12月5日 小さな一歩
以前にも書いたことだが、1年半ほど前から、取引先金融機関に対し、「今後は借入の際の社長の個人保証条件を外して欲しい」と要請してきた。
十数年前、初めてプロパー融資を行っていただいた信用金庫や、初めて融資いただいたメガバンクには恩義を感じており、真っ先にお願いしてみたのだが、「先例がない」という理由で断られてしまった。取引年数も長く、当社の状況もよくご存知のはずなのに残念なことだった。やはり、金融機関は保守的で、相変わらず横並び体質なのかもしれないと思った。
しかし、諦めるわけにはいかない。設立当初の企業や同族経営の会社ならば一定の合理性があるが、株式会社として社会性と継続性を重視する企業にとって、社長の個人保証は健全な発展の阻害要因となる。不合理な慣習に挑戦するのは当社のDNAであり、存在価値に関わることだからである。「それでは、今後のお付き合いは難しくなります」と意地を張ってきた。幸い、運転資金に困ることはない。

こうして状況が変わらないまま1年が過ぎた。

ところが、今秋「勇気ある経営大賞」の優秀賞受賞のおかげでいくつかの金融機関から「新規の取引を」というお誘いをいただき、同じ条件を提示したところ、ひとつの銀行から「問題ありませんよ」という回答をいただいた。最初は半信半疑だったが、初めての取引にも関わらず、物的人的担保もなく、金利条件も変わらずにすでに融資が実行された。

小さな一歩かもしれないが、ベンチャー企業としての役割を果たせたという意味で、正直嬉しい。

先に書いた三菱東京UFJ銀行の口座もとうに解約した。
これは、何のために企業があり、社会的意義や責任というものをどう考えるかという根本問題なのだ。
2011年11月19日 我が家の111111
2011年11月11日、婚姻届けや記念切符を買い求める人々のニュースが報じられていたが、
我が家では、愛犬が5回目の入院から戻るという、不安と喜びで心落ち着かない日となった。

最初の入院は、9月25日、歯茎にできた腫瘍のための検査入院だった。
病理検査のために軽い全身麻酔で細胞をとるだけのはずが、翌日から体調が激変し、2度目の入院。
さらに腹部からの出血と高熱により、半月に及ぶ3回目の入院。
腫瘍の治療どころか、下腹部、胸、両前足の皮下脂肪が壊死して血と膿が流れ続ける異常事態となり、死を目前に緊急輸血で命をつなぎ、必死の治療が続けられた。
毎朝毎晩、好物の料理を持参してわずかな散歩と食事を与える病院通いの毎日が始まる。

ところが10日後、最悪の状況を脱したかに見えた矢先に、今度は右後ろ脚の股関節脱臼。
これはもう元には戻らないと聞かされ、絶望的な気持ちになった。
この頃が、最悪の時期だったかもしれない。

数日後、病院にいるよりも家で介護する方が良いという判断で、退院。
獣医さんが毎日のように往診してくれ、壊死して開いてしまっている胸や肘の部分を麻酔無しで何回かに分けて縫い合わてくれる。
少しずつではあるが、傷口は狭まり、出血も減って、生気が戻るのがわかる。
しかし、ここまでは当面の危機的症状を抑えるだけで、抜本的な治療は何も始まっていない。

そして2週間、今度は陰部からの出血がひどくなり、各所の炎症は子宮が元凶ではないかとの疑いが濃厚になり、専門施設でCT検査。
予想通り、子宮・卵巣・脾臓の一部に異常が見つかり、急遽、摘出手術を行うことになる。4回目の入院。あわせて、歯茎の腫瘍切除手術も行う。
これで、3つのうち2つの原因にメスを入れたことになる。

幸い術後の経過が良く、翌日には退院。
たしかに、元凶を取り除いたおかげで、下腹部や胸・両肘の傷口も目に見えて治まっていく。
ところが、1週間後、脱臼している後ろ脚の痛みのせいか、歩こうとしなくなる。 このままでは、筋肉が萎え、腰にも異常が出てくる危険性があるらしい。 もっと先になってからと思っていたが、ここで、とうとう右後ろ脚大腿骨の骨頭切除手術を決断する。
大型犬では賛否両論あるらしいが、「骨同士の接触による痛みがなくなり、筋肉の回復によってかなりの程度自由な歩行が可能になる」という医師の強い勧めに従うことにした。
そして、11月10日、5回目の入院で、骨頭切除手術。
翌日、どんな姿で戻ってくるか不安でならなかったが、ちゃんと右脚を地面について歩いてくる。嬉しそうに尻尾を振りながらすり寄ってくる。
「痛い思いをするのは、これで終わったからね」と言いながら、抱きしめる。

そしてきょうで、丸8日が過ぎた。
食欲旺盛、寝てばかりいたのにすぐに起き上がり散歩に行きたがる。 ソファにも上ろうとする。
明らかに痛みが減っているのだろう。普通の生活に戻ろうとしている。
このまま少しずつ関節周りの筋肉を戻していけば、半年ほどで走れるほどに回復する可能性もあるという。
走れなくてもいいから、ストレスなく自由に歩き回れるようになれば、それが彼女にとって何よりのことに違いない。生活の質が保たれる。
今6歳。大型犬の寿命は短いが、それでもまだ半分。この先、1日でも長く生き生きと暮らしてほしいと祈るばかりだ。

今、ソファの脇で穏やかに眠っている。
それだけで、嬉しくてならない。

この2ヶ月、仕事もほんとうに忙しく、膝の故障もあってランニングも間が空いてしまっている。
吐き出したい思いも溜まっているのだが、心身ともに余裕のない毎日だった。
しかし、ようやく愛犬の病気もようやく快方に向かい、心も少しラクになってきた。
やりたいこと、やるべきことは山のようにあり、際限ないのだが、そろそろ、立ち止まってこの日記に書き付けていこうと思う。

2011年9月9日 旅籠屋の生命線

本日、予定通り定時株主総会を開催し、初めての配当実施の件も承認可決された。
振込先を登録されていない方々には、領収証を郵送し、これを所定の金融機関の窓口に持参いただき、現金を受け取っていただくことになる。所定の金融機関は、三菱UFJ信託銀行、りそな銀行、三井住友銀行の3行である。
これらの銀行には、事前に配当金支払事務委託依頼を行ったわけだが、じつは別の銀行に断られた経緯がある。
三菱東京UFJ銀行である。

グリーンシートに登録して以来、当社の株式事務代行は三菱UFJ信託銀行にお願いしているが、信託銀行は支店の数が限られているため、全国に支店網を持っている都市銀行も加えたほうがよいということで、系列の三菱東京UFJ銀行に問い合わせたわけだ。

当社が口座を持っているのは東京本店営業部なのだが、担当者はいかにも面倒くさそうに「窓口業務を含め、事務受付を行っていないので、受けられません。別の支店に問い合わせてください。その支店が受付を行うかどうかは支店の判断です」と繰り返すばかり。
まさか断られるとは思っていなかったし、納得できる説明ではなかったので、翌日上席の方と電話で話しをした。

頭をよぎったのは、17年前、会社設立の際に、資本金の保管証明書の発行を断られた悔しい記憶である。
(2000年7月20日の日記に「最近、頭にきたこと」と題してその経緯を書いているので、参照ください。こちらです。)

法的に義務付けられたことではないとはいえ、経済活動のインフラを支える企業として、原則無条件に受託する社会的責任があるのではないか、というのが私の言い分で、上席の方も「個人的には理解できますし、申し訳ないと思いますが」と言っていただいたものの、「総合的な判断として、お受けできないのです」ということだった。

17年前、第一勧業銀行に保管証明書の発行を断られたあと、大嫌いなコネを使って三和銀行に引き受けてもらったのだが、考えてみたらそれは現在の三菱東京UFJ銀行ではないか。その事実を申し上げたら、「再度、協議してみます」とのことだった。
しかし、数時間後「昔のことで当時の書類も破棄されており、結論は同じでした」という返答があり、話しはそこで終わってしまった。

一部の大企業に特化するという方針なのだろう。
保管証明書の発行も配当金支払事務の受託も、反社の問題を含めトラブルに巻き込まれるリスクを負いたくないということなのだろう。
そうした理由を正直に明かすこと自体が批判の対象になるということで「総合的判断」としか答えないのだろう。

情けないなぁ。残念だなぁ。日本を代表するリーディングカンパニーなのだから、尚更である。
銀行としての社会的使命感は、どこで置き去りにされてしまったのだろう。
風評やいわれなき批判には胸を張って仕事をする姿勢は、どこで失なわれてしまったのだろう。

17年前の一件以来、当社はみずほ銀行との取引はいっさい行っていない。
今後、 三菱東京UFJ銀行との取引もすべて行わないことにした。
自動引き落とし先の変更がすべて終わったら口座も解約する。私個人の口座も閉じることにした。

こんなことをしても、先方には痛くも痒くもないことだろう。
だから、自己満足にすぎないこともわかっている。
腹いせでそうするわけではない。ケンカするつもりも毛頭ない。
ただ、このままにしてしまうと、なにひとつ状況が変わらない。
理由も明らかにせず、取引を拒むということに対して、当社としては預金口座を解約するということでしか異議申し立てをする方法がないというのも情けない限りだが、万に一つの可能性であっても、声なき声が届いて欲しいという願いを込めてのことである。

「仕方ないよ」と諦めず、世の中の大勢や「当たり前」に流されずこだわりを持ち続けることがベンチャー企業の存在意義だというのが当社の信念である。
借入の際の経営者の個人保証の撤廃についても、粘り強く「慣例」の見直しを求め続け、ようやく突破口が空けられそうな状況が見えてきている。
旅籠屋のためだけに言っているのでは断じてない。当社が先例となることによって、後ろに道ができる。思考停止の停滞に風を送り込むことができる。そう期待し、願ってのことである。

先例のない事業を興してきたこと、小企業でありながら信頼を得てきたこと。
この信念と姿勢が旅籠屋の生命線である。

2011年8月30日 初の配当、初の役員賞与
節電に協力しようというわけで、今年、本社はいっせいに夏休みをとった。
店舗がもっとも忙しく大変な時期に、という後ろめたさもなくはなかったが、それぞれ役割が違うのだし、そんな表面的で形式的な気遣いは無責任の裏返しだと割り切った。休み中といえども、問題があれば対応する。本社機能を停止するというわけではない。

6月末が決算日なので、例年7月に入ると会計監査が始まり、複雑な決算手続きに忙殺される。
四半期決算もそうだが、だらだらと長引かせたくはない。遅くとも1ヶ月前後で公表したい。
規定では45日以内にリリースということになっているようだが、見る方だって、2ヶ月近くも前に終わった「過去の状況」では興ざめだろう。

会計監査というのは、一言で言えば「あら捜し」のようなものである。会計基準そのものが朝令暮改だったり、異常に複雑だったり、合理性を欠く部分が多いこともあり、監査の過程で監査法人の公認会計士と議論することも少なくない。
企業の状態を適正に表示するために、誤りや不正がないかをチェックする、この点に異論はないが、以前書いた「ファイナンスリース」の処理など、多くの人がにわかに理解できないような基準を持ち込むのは一部専門家の自己満足ではないかと思ったりもする。

そんなこんなで、ほんとうに面倒くさい1ヶ月が続くのだが、否定的にとらえているわけではない。年に一度の「会社の健康診断」のようなものだ。胃に潰瘍の痕が見つかったり、血圧の高さが指摘されたりするが、その方が良い。自覚症状がないので健康だと思っていたら手遅れの病気だったなんて許されない。会計監査はグリーンシートに登録したことによる「義務」なのだが、ありがたい「権利」とさえ言いたいところだ。

さて、こうして8月5日に「第17期決算速報」をリリースし、その数日後には「株主総会の招集通知」を納品した。
そこには、初めての議案がふたつある。 ひとつは配当金の支払い。もうひとつは役員賞与の支払いだ。
昨年の減資によって累積損失がなくなり、黒字決算が継続できたことで具体化できたことだが、会社設立から17年かかった。

黒字とはいえ、利益は1千万円ほどだから、内部留保すべきだという迷いも意見も当然あったが、慎重に考えていたらキリがない。
配当は1株1,000円で6,245,00円、役員賞与は経常利益の10%で1,800,000円。初めて報われる。感無量である。
黒字を着実に増やして、これをずっと継続したいものだ。

2011年4月26日 「ファミリーロッジ旅籠屋」の価値

震災の発生から、1ヵ月半の時間が過ぎた。
いろいろなことが起こり、いろいろなことを考えた。

以前、株主の方から、「ファミリーロッジ旅籠屋」の価値が見えない、という指摘を受けたことがある。
当時は抽象的な言葉でしか答えらず、あえて返事をしなかったが、今回3つのことをお話したいと思う。

ひとつめの価値、それは空室のある限り、すべての方の宿泊を受け入れたということ。
我々は予断・偏見・先入観にとらわれずにお客様を受け入れることを大切にしている。その姿勢を貫くことが個人の自由や多様性を守ることなのだという信念がある。さらに言えば、日本がこうした個人の自由や多様性に寛容な社会になって欲しいという願いがある。
平時は、こんなことを言ってもなかなか理解してもらえない。あるいは、当たり前のことだと見過ごされてしまうが、ペット同宿を受け入れたり、利用頻度は低くてもバリアフリールームを設けたり、というのは同じ思いからである。
地震直後、30店舗のうち10店舗で、停電や断水が発生した。真っ暗で暖房も給湯も困難、水が出ないのでトイレも流せない。それでも、被災地に近い店舗には家を失った方々が訪ねてこられる。数日遅れて、原発周辺からの方々も増えてくる。宿としての最低限の機能も提供できないので、無償で受け入れるよう指示した。福島ナンバーの車を忌避するなど、考えもしないことだった。
放射能汚染に限らず、新型の伝染病が流行したり、テロや「異常な」犯罪が頻発したりすると、宿泊拒否の話しが聞こえてくる。宿泊施設は、社会の空気にさらされている。風評に惑わされがちな感情と科学的な理性とのせめぎあいの場所にある。
宿泊特化の宿には、ユニークで特別なサービスなどない。だから、否定的な風評にさらされれば、たちまち利用者は引いてしまう。「真偽や是非はともかく、あえて評判の悪い宿に泊まることもないだろう」というのが、大方の本音なのだ。だから、宿の側は空気に逆らわないように保守的になる。
こうした中でスタンスを守るのは、実は想像されるよりはるかに困難なことだ。大きな手間とリスクを引き受ける覚悟を求められているということなのだ。

ふたつめの価値、それはホームページ上で、宿泊者の安否情報を最優先で伝えようとしたということ。
宿泊施設は、ほんの一部とはいえ、利用者にとってのかけがえのない人生の時間や空間を提供している。だから、泊まられる方々の安全やプライバシーを守ることが最大の責務である。そして留守宅には無事の帰りを待つ家族や友人や同僚がいる。
過去と同じく、今回も地震発生直後に行なったのは店舗へ連絡し、けが人の有無を確認し、その情報を真っ先にトップページに掲載することだった。
他の宿泊施設のホームページを見たが、翌朝まで更新されない施設が多かった。そして、予約受付の可否や、通常営業しているかどうかの情報が中心だった。
電話の通じない地域が多かったし、一番大切にすべき気持ちやメッセージが抜けている気がした。
余談だが、「ファミリーロッジ旅籠屋」の建物が地震に強いことをあらためて確認できた。せいぜい一部に細かなクラックが生じた程度である。地面が波打って、駐車場の一部が20cmほども陥没した店舗もあったが、建物はまったく無事である。遮音性能向上の工夫が、結果として堅牢な構造を実現しているようだ。
とにかく、人も建物も無事でほんとうに良かった。

みっつめの価値、それはぎりぎりまで踏みとどまり営業し続けたということ。
残念ながら、「仙台亘理店」(ライフラインがすべて途絶し、来館者もほぼ皆無だった)、「いわき勿来店」「須賀川店」(福島原発が不測の事態を招く危険性が高い時期があった)の3店舗が一時閉鎖を余儀なくさせられたが、いずれも10日ほど後に営業を再開した。
頻繁に起こる余震や、停電や断水が続きガソリンや食料も手に入らない不自由な生活、そして放射能汚染の目に見えない恐怖。支配人の不安や疲労は察して余りある。こうした状況の中であえて支配人に現場復帰を求めたのは損得ではなく使命感だった。
避難であれ、支援であれ、復旧であれ、復興であれ、人が動き活動するためには泊まる場所が必要なのだ。こうした時期に被災地へ赴く人たちには強い意志と責任感がある。こういう時だからこそ店を開けて宿泊施設としての責務を果たしたい。こうした使命感への理解がなければ、支配人達が復帰してくれることはなかったと思う。

以上3つのことは、考えてみたら当たり前のことばかりだ。
照明は必要以上に明るくしない、使い捨てのアメニティグッズは置かない、安心してお泊りいただくこと以上のサービスはしない、不採算店であっても撤退しない。こうした普段からこだわっていることを含め、いずれも地味なことで、普段はセールスポイントになるようなことではない。そのくせ、守ろうとすると事業経営の面ではマイナス面もある。
でも根っこはひとつなのである。
ポイントカードによる顧客の囲い込み、割安感を維持するための料金見直し、ターゲットをしぼった広告戦略、朝軽食メニューの充実、さまざまなご提案をいただく。ありがたいことだし、そういうアイデアを機敏に取り入れることが経営者に求められる才覚のひとつなのだろうとも思う。
しかし、どこか気乗りしない、小手先のテクニックを弄するのはさもしいと感じてしまう。
根っこは同じである。

少なくともロードサイドホテルは旅行者のベースであって、アミューズメント施設ではない。雄弁に語る外向きの演出や集客の策よりも、いつでも安心して宿泊できる宿が存在し続けているという確かさを中心に考えたい。
このようなことが「ファミリーロッジ旅籠屋」の価値であり、「らしさ」なのだということをこの機会に再評価いただければという願いがある。そして、社内ではしっかり共有して欲しいという強い思いがある。

震災の発生から、1ヵ月半の時間が過ぎた。
さまざまの難しい判断があり、さまざまの行動があった。
感情の力があり、意志の力があった。
しかし、根底で支えていたのは誇りだったと思う。
誇りを真摯に守り続ければ、品格につながると思う。
そういう会社を目指したい。

バックナンバー(過去の日記)です

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「旅籠屋主人のベンチャー日記」 (雑誌「戦略経営者」連載)はこちら