| 2010年6月25日 会社借金への個人保証 |
睡眠不足と戦いながらのサッカー観戦が続いている。
オランダ戦はパブリックビューイングに行ってきたが、叫ぶ機会もなく敗戦。今朝のデンマーク戦は、自宅で何度も絶叫。
個人的にはカズを帯同させて欲しかったし、俊輔に活躍の場を与えて欲しいが、予想を覆してのグループリーグ突破はもちろん嬉しい。政治や経済の面では、日本の存在感が軽くなるばかりだが、サッカーの影響力は絶大だし、ここはひとつ世界中に「日本」をアピールして欲しい。
さて、仕事の話し。
あと数日で決算日を迎える。
前期は5期ぶりの赤字となり、今期は黒字に戻すことを目標としてきたが、これは間違いなく達成できそうだ。よかった。みんなの地道な努力のおかげだ。
損益の数字以上に喜ばしいのが、営業キャッシュフローが安定してプラスで着実に増えていること。
例年、夏休み前の賞与支給後がもっとも資金が枯渇する時期だが、今年はキャッシュが潤沢で、運転資金を借り入れる必要がない。数年前まで、資金繰りの不安に苛まされる日があったことを考えると、夢のようだ。
こんな時に限って、取引先の金融機関から新規融資の打診を受ける。
「運転資金の心配はないのですが、自社で出店するとなれば設備資金としての借入は必要となります」と答える。というのも、最近、なかなか出店の話しが決まらないので、久しぶりに土地建物を自社で所有することも考えているのだ。「ついては、経営者の個人保証という条件を見直してもらえませんか」と尋ねてみる。
現在の借入残高は2億円以上あるが、すべて私が連帯保証人になっている。中小企業が借入れする場合、当然のように経営者の連帯保証が求められている。
創業当初の会社、実質的に経営者の個人企業のような会社の場合、経営者個人が責任をもって会社の経営にあたることを促すために連帯責任を課すことの合理性を否定しないが、一律にこれを求めることは納得できない。
私は、親族に経営を引き継がせることはまったく考えていない。家業として特定の個人や家族に依存するのではなく、文字通りの法人として自立した社会的存在になることを志向している。これは会社の私物化や公私混同を防いで企業の透明性を高め、最適な人物に経営を引き継いでいくことにつながると信じている。
連帯保証の条件を外してもらうには、通常、ふたつの方法しかないらしい。
ひとつは株式公開すること、もうひとつは上場企業の傘下に入ること。
事業の発展を考えるとき、株式公開することには一長一短がある。経営者の個人保証を外すために株式公開するのは本末転倒である。同様に、ベンチャー企業がそのために既存の企業に飲み込まれなければならないのは馬鹿げたことだ。
長年の慣例ですから、と金融機関の担当者は否定的である。
事業規模が拡大すれば、借入額の単位もかわってくる。億単位の保証を個人に求めることに実質的な意味はなく、ある種の脅迫である。これでは後継者探しは至難のこととなる。
金融機関は中小企業がいつまでも個人企業であり続けることを求めているのか。
株式公開しか進むべき道がないと考えているのか。
企業の健全な発展を金融機関自身が阻害しているように見える。
創業者である私は、もちろん「旅籠屋」の発展を望んでいる。
しかし、終生保証人でいることを受け入れるつもりなどまったくない。 |
| 2010年4月30日 新聞を読もう! |
昨秋スタートした「店舗利益向上プロジェクト」の影響で広報宣伝担当としての作業も増え、なにかと目先の仕事に追われて忙しい。
おかげで、日記で愚痴る余裕がなくなって久しい。
第3四半期報告書のリリースも終え一息ついたので、以前から考えていたことをひとつ書いておこうと思う。
待望のゴールデンウィーク、年末年始以来のまとまった自由時間。
貴重な休日を漫然と過ごしてはもったいないので、今回も「やるべきこと」のリストを作る。きちんと実行できた例がないのだが、多少は役に立つ。その中で毎回掲げることのひとつが「たまった新聞を読み終えること」だ。
ときどき苦笑してしまうのだが、私は、新聞にひととおり目を通さないと気持ちが落ち着かない性質だ。出張や旅行から戻ると、律儀に古いほうから見始めて数日後にようやく「今日」になる。
一日の朝夕刊を読むのに30分前後はかかるから、費やしている時間は馬鹿にならない。
時間だけでなく気力も消費しているので、結局他の事を何もできずに寝てしまうことも珍しくない。これでは、本末転倒のような気もするが、やめる気はない。
最近、新聞を読まない人が多いと聞く。若い人はとくにそうらしい。理由を尋ねるとニュースはテレビでもやってるし、知りたいことはネットで調べられるから、ということだ。
声を大にして言いたいのだが、新聞は読んだほうがいい。それも、スポーツ紙や経済紙ではなく、総合紙を。
理由はふたつ。
ひとつ、新聞は「知りたいことを知る」のではなく、「知らないことに気づき、知りたいことを見つけられる」ものだ。知らず知らずのうちに見出しが目に入ってしまう、そこが素晴らしい点だと思う。総合紙であれば、ひととおりの分野が概観できる。
ふたつ、新聞という座標を手がかりに自分の立ち位置が自覚しやすいということ。問題意識や意見なんて突然湧いてくるものだとは思わない。新聞を読んでいると、世間一般の関心事や問題がなんとなく伝わってきて、断片的かつ情緒的な反発や共感が、新聞紙面での論調や論点とぶつかりながらまとまっていく。
新聞に書かれていることは世の中のごく一部にすぎないし、大なり小なり歪んだ「正論」でしかない。
そのことを忘れると、思考停止の「常識人」になってしまう。
しかし、だからと言って、新聞の助けを借りずに、広い視野と見識と判断力が自分の中にあるなどというのは過信であり傲慢である。
新聞ときちんと付き合わない人は支離滅裂で自己チューのモンスターになりやすい、そんな気もするがどうだろう。
大げさに言うと、私は新聞のおかげで自分のアイデンティティをつくり、なんとか保てている気がする。
青少年諸君、新聞を読もう! |
| 2009年12月30日 節目の年 |
| あと1日で今年も終わる。来年は2010年、平成22年。
そうか、あの9.11から10年近くが過ぎたのか。元号が変わって20年以上も過ぎたのか。
なんとなく無我夢中で生きているから時の経つのを忘れてしまっている。
それにしても、今年は、変化の大きい1年だった。
新年早々、下の義娘が所帯を持ったのをきっかけに我が家を改築、20年以上の変則的な生活に終止符を打って夫婦と愛犬1匹での生活がスタートした。
春には上の義娘が出産して初孫が誕生、ジージになった。
いっぽうで、1月早々から父が病床に伏せって、長い自宅介護を経て9月に他界した。
残された母に立ち直ってもらおうと半ば強引に部屋を改築、遺品の整理をしながらようやく片づけも終わりつつあるところだ。
2月には「偲ぶ会」を催し、3月には故人の遺志にしたがい故郷の川に散骨に行く。
そんな中でも、ランニングは続けている。
今年の走行距離はあと3kmで年間1200kmになる。月平均100kmだ。
毎月のように大会に参加し、フルマラソンにも3回出た。
記録は少しずつしか伸びないが、体重も体脂肪率も下がり、体力は確実に向上した。
それになにより、走ることが習慣になり、精神的にどれほど救われたか知れない。
流れる汗は憂さを忘れさせ、息苦しさや筋肉痛は無条件に自分が生きていることを実感させてくれる。
無為に時間を過ごしていないと思えることが、心を軽くしてくれる。
仕事のほうは、不景気の影響などによる5年ぶりの赤字決算と稼働率の伸び悩み、そして新規出店の難航と表面的には停滞の年になった。
しかし、多くの支配人と対話し、業務の見直しや改善に力を尽くす、充実した1年でもあった。
テレビでも紹介され、少しは知られる存在になってきたようだ。
上げ潮に乗ってはやされるのも悪くない。
知名度やステータスが上がるというのも悪くない。
しかし、そんな上っ面の見栄えで自分たちを見失うなんてばかげている。
きっと来年も、そろりそろりと前進する年になるだろう。
周囲から見れば、焦れったい歩みかもしれないが、毎日すべきことをする、それで良い。
シンプルで自由な、旅と暮らしをサポートする。それで良い。
それだけ、根本的に価値のある仕事をしていると変わらずに信じていられるからだ。
今年は、変化の大きい1年だった。
後に振り返れば節目の年だった、ということになるのかもしれない。
でも、一喜一憂せず倦まず弛まず進む。
その結果、来年、どんな景色が見えてくるのか、とても楽しみなのだ。 |
| 2009年9月18日 幹さんと株主総会 |
本日開催の第15期定時株主総会、10名ほどの株主の出席をいただき、先刻、滞りなく終了した。
5年ぶりに赤字決算になり、厳しい叱責も覚悟していたが、暖かい励ましの言葉もいただいた。
任期満了にともない、甲斐 幹が退任し、店舗開発部長である森 弘と、店舗管理部長である小島 裕生が新任の取締役に選任された。
甲斐 幹は、私の父である。
15年前、旅籠屋の会社設立資金を出資してもらい、その後も金融機関から相手にされない時代、何度かつなぎの運転資金を融通してもらった。取締役として15年余り、いっさい無給でありながら、陰ながら会社を支えてくれた。
年初より、病床に臥せっており、はやくから退任を決めていたが、最後の総会は欠席となった。
というのも、任期満了前日の昨夕、残念ながら遠くへ旅立ってしまったからである。
寝たきりとなって8ヶ月、本人の希望もあり、自宅での介護を続け、幸い痛みや苦しみも少なく、眠るように息を引き取った。
数日前まで、いつものように私が口元に運ぶスプーンから夕食の粥を食べてくれた。
数時間前までは、呼べば目を開いてくれた。
ろうそくの炎のように消えそうになる命の火を揺らせながら病いと闘っていた。
母は両手でその炎を包み、消えないように必死に守り続けていた。
しかし、とうとう、最期の1時間、握り続けた手が反応を返してくれることはなかった。
最後まで「寒河江店」に行きたいと望んでいたが、叶わない願いとなった。
株主総会の会場は、本社近くのいつもの貸しスペース。
部屋に入った途端、昨年まで隣りに座っていた姿が思い出され、一瞬胸が詰まった。
朝、妻から父愛用のネクタイとベルトを渡された。
これを身につけ、いつものように「参加」してもらった。
ここ数年はすっかり安心し、滅多に仕事の話をする機会もなかったが、「旅籠屋」の発展を心から願い、店が増えていくことを喜んでくれていた。
ただ1人の子供として、個人的な思いは尽きないが、旅籠屋にとって、ひとつの時代が終わり、新しい時代を迎えている気がする。
遺志を裏切ることなく、努めて行きたいと思う。
きょうの株主総会が、その第一歩になるのかもしれない。
幹さん・・・
私は、幹さんが激しく我が身を燃え立たせて生きてきたことを知っています。
時にはその熱に焼かれ、時には暖められてきましたが、確かにその炎は周囲を照らしていました。
いつも一生懸命の後姿を見ていましたよ。
男として、人間として、立派な人生でした。
社会的地位とは関係なく、誇れる父親でした。
「ごまかすな」
幹さんが私の心に焼きつけた血の刻印です。
ありがとう。 |
| 2009年8月24日 1年ぶりのナイトマラソン |
| 先週の金曜日、去年に引き続き、8名で今年も「葛西臨海公園ナイトマラソン」に参加した。
コースは去年と同じだが、なぜか逆周り。
ランニング大会に出るようになって丸3年。最初は断続的だったが、最近は毎月のようにどこかしらの大会に参加するようになり、ジム通いなどの練習も年間を通じて続けるようになっている。
私個人の10kmベストタイムも、初回の79分47秒(2006年7月)から56分21秒(2009年4月)へと、着実に縮まっている。
そこで今回もベスト更新を目指したいところだが、なにせ気温も湿度も高く、秋からのシーズン到来前の足慣らしと割り切る。
案の定、走り始めたとたん汗が噴出し、精神的にとても苦しいレースになった。
それでも、ちょうど走力が拮抗しているTさんと抜きつ抜かれつの競走になったことが励みになり、去年の記録を約1分半縮めて57分34秒でゴールすることができた。
それにしてもこの大会、途中の距離表示もほとんどないし、ゴール付近の時計もない。電気計測しているにも関わらず、速報も一部しか掲示されない。このタイムも計時を担当した会社を調べて電話し、無理に教えてもらったものだ。
最近のランニングブームを反映して、間違いなく大会が増えているが、どうもランナーの思いを理解していない大会が少なくない。圧倒的大多数の参加者はトップ3の表彰などではなく自分のペースやタイム更新を目指して走っている。だから距離表示や時計の設置は必須なのだ。
主催者の裏方の苦労はもちろんたいへんなものだと思うが、ランナーの望みに応えることを基本にして欲しい。逆に参加賞のTシャツやタオルなんてなくていいのだ。
公私ともにストレスの多い毎日だが、走ることで気分転換ができる。努力して良いことをしている、という気持ちが心を健康にしてくれている。50歳代も半ばになって始めたことだから、上達する余地は大きくない。率直に言ってタイムも市民ランナーの初心者レベルだ。でも「今日の自分が、人生で一番若い」という言葉を頼りに向上心を持ち続けていたいと思う。
10月には5kmと10kmの大会に出場する。11月には2度目のフルマラソンだ。
いずれもベストを更新する。
近々、ホームページの片隅にランニングサークル「チーム旅籠屋」のコーナーを設けて参加予定の大会やタイムを載せようかと考えている。
皆さんもご一緒にいかがですか。 |
| 2009年8月3日 3年ぶりの8耐観戦 |
| 1987年以来、毎年のように観戦に行っている「鈴鹿8時間耐久ロードレース」。
公私ともに忙しく、ギリギリまで迷っていたが、3年ぶりに現地で観戦することにした。しかも、今年は久しぶりに友人とふたり、バイクでのロングツーリング。高速道路の休日特別割引を活用しようと2ヶ月前にETC取り付けを申し込んで、それもなんとか間に合った。
思い返せば20歳の頃、近所の自転車屋さんで3千円の中古カブを買って以来、初めはゲタ代わりのつもりだったのにすぐにバイクの虜になった。その魅力を語る言葉は世の中にたくさんあるが、要は性にあっていたということだろう。
寝袋やテントを積んで野宿ツーリングに行ったり、あちこち分解したりちょっとした改造をしてみたり、ミニバイクレースに出ようと練習してみたり、トライアルバイクを買って毎週のように山へ出かけたり、
いろんな思い出がある。
そんな中、30代も半ばになって初めてレース観戦にいく機会があり、言葉で表せないような衝撃を受けてしまった。
そのあたりの経緯は12年前に書いたこちらの旅行記で。
その後、縁あって、8耐に挑戦し続けるプライベーターをサポートし「チーム旅籠屋」として参戦(2000年、2001年)したりもした。
バイクとの出会いがどれほど私の人生を豊かにしてくれていることか。
さて、今回の観戦旅行。
8耐といえば基本は7月末の開催、真夏のイベントの代名詞になっている。少しでも炎天下の走行を減らそうと、初日金曜日は仕事を終えたあと、夜のうちに走って途中の「ファミリーロッジ旅籠屋・牧之原店」へ宿泊することにする。
ところが、 いきなりの雨で時間がかかり、吉田ICを下りた時点で土曜日(23時に間に合わないことは途中から支配人に連絡済み)。幸か不幸か、初日から休日特別割引の適用を受けることになった。
深夜0時半、 宿に到着。すでに明かりが消え、静まりかえっているため、すぐにエンジンを切って車寄せの端にバイクを駐める。びしょぬれになった服を脱いで暖かいシャワーを浴び、持参のモバイルPCでメールチェックして、広いベッドでくつろぐ。手前味噌ながら「ファミリーロッジ旅籠屋」は、シンプルだけど、とても心地よい。2輪のツーリングにももっと使って欲しい、と思う。
2日目、外は今にも雨が降り出しそうな鉛色の空。今回はプライベートでの利用なので宿泊料金を支払い、遠慮なく朝食のパンやコーヒーをいただいてカッパを着て出発。
伊勢湾岸道が開通し、鈴鹿周辺道路が整備されたおかげで、サーキットへのドライブは格段に楽になった。途中、前半は雲が切れて夏の日差しにさらされたものの、後半はまた土砂降りの雨に見舞われて靴は再びグショグショ。2時半頃には到着したが、予選は裸足で観戦。
サーキットは大幅な改築直後で、園内もスタンドも大幅に雰囲気が変わっている。来場者も少ないので、屋根のかかっているV2スタンドはとても快適。
以前サポートしていたライダー達はその後も参戦し続けており、予選落ちを繰り返していたが、今年はギリギリのタイムであすの決勝に出られることになった。素晴らしい。知人が走っているとなれば、観戦の楽しみも比較にならないほど大きくなる。
夕食を済ませ、定宿に着いて、友人とバイク談義をしながら眠りにつく。
いよいよ決勝当日。天気予報は曇り時々雨だが、空は明るい。 10時半過ぎに席につく。 まわりは空席が目立ち、ゆっくり観戦できそう。
11時過ぎからはチームとライダーの紹介。聞こえないとは知りつつも、予選突破した知人ライダーに大声で声援を送る。 40過ぎても挑戦し続けている一途な思いに拍手。
11時半、予定通りスタート。
50台以上のマシンがいっせいに始動して1コーナーへ飛び込んで行き、2分ちょっとの静寂のあと、一群の流れとなってホームストレートに戻ってくるときの音と光景は何度経験しても感動的だ。
生身のライダーが時速250kmを超えるスピードで加速しながら次々に駆け抜けていく。真っ赤になった純粋な人間の意志そのものが迫ってくる感じで、心が震えてしまう。血が騒ぐ。
その後のレース経過は省略。
途中、3回ほど土砂降りの雨になり、4回もセーフティカーが入る大荒れのレースになったが、結果、応援していたヨシムラのチームが優勝。
知人ライダーのチームも、なんと35位で無事完走。きっとピットで喜びを爆発させているに違いない。良かった、ほんとうに良かった。おめでとう。
過酷なレースだったせいで、ゴールの時の感動も大きく、パレードラップで全車が戻ってきた時は泣きそうになった。
庇の深い席にいたため、雨にも降られず、直射日光にも当たらず、今年は快適な8時間。無理して来てよかったな、と思う。
いつもなら、宿に戻ってのんびりと余韻を楽しむところだが、今回は帰りのロングツーリングが待ってるので、すぐに気持ちを切り替えなきゃならない。サーキットホテルのレストランでいつものように夕食を済ませ、小雨模様の中、亀山から新名神を抜けて今夜の宿である「レストイン多賀」へ。これも高速道路料金節約のためだ。
もっとも通行量の多い名神・東名・中央高速のSAにこそ、「ファミリーロッジ旅籠屋」があればこんな遠回りなどしなくて済むのに。
というか、民主党の公約が実現して、高速料金がタダになってしまえば、この辺の事情も一変してしまうかも。今回ならインターの出口脇にある「土岐店」などが最適だ。
いずれにしても沿道にあると言う意味でSA・PA内の宿泊施設の利便性は変わらないのだから、中日本高速道路の英断を望みたい。
そんなことを考えながら夜の新名神に入った後は夜空の雲も消え、快調に走り、11時半には多賀SA内にある「レストイン多賀」にチェックイン。
すぐに大きな風呂に入って、リフレッシュ。なんとか、無事ここまで来たぞ。
一夜明けて、いよいよ、東京に戻る月曜日。
当たり前のことだが、肝に銘じているのは、とにかく無事に旅を終えること。気を引き締めて、走り始める。
今回乗ってきたのは、所有している2台の250ccバイクのうち、ロングツーリング向きのKAWASAKIのエリミネーター。
もう1台のYAMAHA R1-Zは高速道路の長距離走行には向いていない。以前、仙台から走ってきたときの旅行記はこちら。
調べてみたら、エリミネーターを買ったのは15年前、1994年の9月。旅籠屋を設立した直後、まだ1号店の構想を立てている頃だ。
最近は、めっきり乗る機会も減っていて、高速を走るのも久しぶりだったが、エンジンは快調。なにひとつ不具合は感じなかった。
しかし、けっして無理はせず、時速100km以下でたんたんと走る。行きと同じ道を通るのも能がないし、交通量も少ないだろうと、帰りは中央高速に走ることにしする。
ずっと、小雨模様の天気の中、夕方7時前、明るいうちに無事帰着。
450kmは長かったけれど、 真夏の太陽にも焼かれず、土砂降りにもあわず、かえってラッキーだったかもしれない。
ETCは、ほんとうに便利だった。安かったし、2輪で高速使うなら必須。
8耐、思い切ってバイクで行ってよかった。ウルウルした。
しかし、時間に追われて走るロングツーリングはつらい。
宿泊した「牧之原店」をはじめ、「浜名湖店」「桑名長島店」「伊賀店」「彦根店」「土岐店」「小淵沢店」「韮崎店」などが沿線にあり、近くを通るたびに「支配人」の顔や店の様子を思い浮かべたりした。
機会を見つけて、これらの店に泊まりながらゆっくり旅したいと、 何度も何度も考えた。 |
| 2009年7月15日 なにわ節 |
きのうは、久しぶりにひどく落ち込んだ。
仕事を終えた後、あえて自分を鼓舞しようといつものようにジムに行き、5km走って、その間は忘れられたが、夜中になると目が覚めて眠れなくなった。
というのも、楽しみにしていた新しい出店の話しが、最終段階になって暗礁に乗り上げてしまったからだ。
そもそもは先方から持ち込まれた「建て貸し」の話しで、現地を訪ね、条件面で譲歩し、質問にも誠実に答えたつもりなのだが、上層部からのゴーサインが出なかったらしい。考えてみたら、ちょっと失礼な話しではないか、とも思うのだが、景気低迷の中、経営者の判断も慎重にならざるを得ないのだろう。
思い返せば、業務提携先であるリサ・パートナーズさんの協力を得て比較的容易に出店数を増やせるようになったのはここ2、3年のこと。それ以前は、ひとつひとつの建て貸し案件を具体化するために、何度もオーナーへの説明を繰り返し、結局実を結ばないケースも少なくなかった。
くやしい、情けない、今回、そんな苦い思いを久しぶりに味わった。
1号店オープンから15年が過ぎた。店舗も30に増えた。高速道路内の宿泊施設という画期的な出店も実現した。
相変わらず、儲かるビジネスにはなっていないが、それは創業の理念を重視し続けていることの結果でもあり、社会的使命を実直に果たそうとしている証しであるとの自負もある。
つまり、数年前より、ずっと実績も積み、信用力も上がっているはずなのだが、それでも相変わらず「信頼してもらえない」とすれば、なんとなく虚しくなる。
悲しくなって思わずため息が出る。
新規出店に関して、当社は一時的なキャピタルゲインを得ているわけではない。オープン後、長期間にわたってコツコツと宿泊営業を続けていく積み重ねがすべての利益の源泉である。だから、新規出店を続けなければ、経営が成り立たないというような自転車操業とはまったく無縁である。というより、出店ペースの上昇は当面の赤字店舗を増やす面があるから、損益上は出店を抑制するほうがプラスだったりする。
だから、今回のことも損得の面で嘆いているのではない。
しかし、旅籠屋のオープンを支え、それを生業の柱にしている実直な取引先がいくつもある。そして、支配人になる日を待ちながら全国を飛び回っている「代行支配人」の夫婦が何組もいる。こうした人たちにとって、コンスタントな新規出店の継続は死活問題である。
彼らの期待と望みに応えたい。それが、私の一番の願いであり、ため息の理由でもある。
それを「なにわ節」と批判するなら甘んじて受けよう。アマチュア経営と揶揄するなら、そのとおりと答えよう。
「経営者は心の中に鬼を一匹飼っておけ」という言葉があるが、情に流されない厳しさを持つという意味では納得するが、会社の利益のためなら周囲の犠牲を省みないということなら断じてそれは私の流儀ではない。
旅籠屋に関わる人間がハッピーになれないなら、いったい何のためのビジネスか。
暗礁に乗り上げてしまった今回の出店用地。 おそらく、他には有効活用が難しい土地だと思う。 しかし、旅籠屋にとってはとても面白い立地だと感じている。
海水浴を楽しむ子供たちの笑い声、近くの事業所を訪れる馴染みのビジネスマン、のんびりと周辺を散策する年配のご夫婦。
地域を照らす小さな灯火となる宿。社内のみんながそんな光景を思い描き楽しみにしていた旅籠屋。
ちょっとした波の一押しで船が暗礁を越え、再び進み始めることを願って止みません。 |
| 2009年7月13日 ファイナンス・リース |
| 「桑名長島店」「寒河江店」と2週連続のオープン準備が無事終了し、きょうから決算監査が始まった。
第3四半期報告書で公表したとおり、
・出店スピードのアップによる新規店舗(軌道に乗るまでは赤字になるケースが多い)の増加、
・店舗増に対応するためのスタッフ増員による本社経費の増加、
・昨年来の不況によるビジネス客を中心とする稼働率の低下、
などの要因により、今回の決算は残念ながら赤字を免れないのだが、悩ましいのは「ファイナンス・リース」の適用によって、会計上1千万円近くの費用が増えてしまうことだ。それも、単年度だけでなく、今後の新規店舗を含め毎年積みあがっていくのだから、経営上の影響はきわめて大きい。
当社の場合、初期の3店舗を除き、店舗の不動産は所有せず、借り上げて家賃を払いホテルの経営と運営を行っているわけだが、先例のない業態であることや会社の知名度を含め信用力が十分でないこともあって、賃貸借期間20年間を通じて家賃保証することで土地建物のオーナーのリスクを減らし、出店契約をまとめてきた。
こうしたことから、従来の「オペレーティング・リース取引」ではなく「所有権移転外ファイナンス・リース取引」に区分されることになり、今回の決算から「リース取引に関する会計基準の運用方針」
に従った会計処理を課せられることになったわけだ。
契約内容も毎月の家賃支払額も変わらないのに、会計処理の方法だけが変わることになる。
具体的に言うと、不動産を購入・取得していないにも関わらず、同等の金額をリース資産・リース債務に計上するため、貸借対照表の金額が一気に増えることになる。
また、リース債務は現在価値で割り引くため、実際の家賃支払額より小さくなるため、差額は支払利息として計上されることになる。
そして、この利息額の算定に利息法が適用されるため、少なくとも契約期間の半ば過ぎまでは定額法による場合よりも割高になる。
つまり、定額法で良ければ、従来の支払家賃≒(リース資産の)減価償却費+支払利息となり、損益上の差はほとんどないのだが、利息法適用となると、従来の支払家賃<(リース資産の)減価償却費+支払利息となり、損失が増大することが利益額に大きな影響を与えることになるのだ。
1店舗あたり、毎年100〜200万円も費用が増加すれば、出店すればするほど赤字が大きくなり、向こう10年くらいはどんなに頑張っても黒字復帰が難しくなる。とすれば、これは当社のようなビジネスモデルを会計制度が結果的に否定していることを意味する。
「ファイナンス・リース」に該当するかどうか。利息法の適用が必須かどうか。
専門書を精読し、監査法人と研究を重ね、公認会計士協会に何度も判断を仰いだが、結論が変わることはなかった。
たしかに、全額家賃保証の賃貸借契約は、ある種の「隠れ債務」を抱えていることであり、会社に万一のことがあった場合の解散価値が貸借対照表から読み取れないことになり、会計の透明性から言えば好ましいことではない。
また、リース債務が減っていくに従って利息の額が減っていくという考え方も至極当然のことと言える。
だが、そもそも会計基準とは一般的な合理性だけで、定めてよいものなのだろうか。
例えば営々として事業を営んでいるメーカー企業が時価会計の適用だけで、突然大きな損失計上が課せられ、経営破たんの危機にさらされる例が少なくないらしい。時価会計がほんとうに企業価値を正当に表すのかという疑問は、本家本元であるアメリカからも発せられ、運用基準が揺れているようだ。加えて、企業会計の継続性・連続性という観点から、運用基準の大きな変更は決して望ましいことではないはずだ。
「隠れ債務」というリスクを負っているというが、そもそもベンチャービジネスというのはそれなりの経営リスクを背負ってスタートするのであり、そのリスクを厳密に費用化すれば、いつまでたっても黒字化できない事業となる。投資家保護は大切だし、経営の透明性も重要だが、今までだって、リース取引の詳細は注記で示していたのだし、すべてをB/S、P/Lに反映しなければならないというのはいかがなものか。
だって、多くの人は赤字は赤字としか見ないし、金融機関の融資条件も株式市場の上場条件も会計基準の変更に配慮するとは期待できないからだ。
今回のことを契機に、今後の出店については家賃の保証期間を20年から15年に短縮させることにした( 詳しくはこちら)。
監査法人との検討を経て、公認会計士協会にも確認したが、これだと「所有権移転外ファイナンス・リース取引」に当たらないからだ。
たしかにオーナーのリスクは多少高くなり、出店交渉に影響が出るおそれもあるが、旅籠屋の実績や信用力も10年前とは違うだろう。誠実に説明して、理解していただくつもりだ。
それにしても、都市計画法といい、旅館業法といい、労働基準法といい、会計基準といい、どこへ行っても、旅籠屋のビジネスは「想定外」で苦労が絶えない。
やれやれ。
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| 2009年4月6日 高速道路料金の値下げ |
3月28日から、大都市圏を除き、ETC車両の土日祭日料金が1,000円に値下げされた。
「壇之浦PA店」「佐野SA店」に出店しているため、メディアから「値下げの影響は?」という問い合わせや現地取材が相次いでいる。
短時間ながら、テレビでも各局のニュースで放送されたようだ。
SAやPA内に宿泊施設があり、高速道路から下りずに泊まりながら長距離ドライブができることは、まだまだ知られていない。だから、こうした報道で知名度が上がることは歓迎すべきことだ。
また、今回の値下げ措置によってドライブ旅行の機会が増えれば、すべての店舗において利用者増につながることだからありがたいことではある。
しかし、なにか釈然としない。
それは、ふたつの点においてである。
ひとつめは昨年の「深夜割引率拡大」から相次ぐ料金改定そのもに対する疑問。
すなわち、高速料金が政治家や国土交通省によって「おもちゃ」にされていないかということ。
道路公団が分割民営化された目的のひとつは、各高速道路会社が創意工夫を行い、コスト意識を高めながら、自主的に事業の改善と発展を推進していくことにあったはず。国が株式のすべてを所有しているとはいえ、高速道路会社は民間企業だ。そのサービス価格がこのように外部の都合で大幅に変えられ、その差額が自動的に補填されるのであれば、社員のコスト意識など育ちようがない。私がその立場なら「あほらしくて、やってられない」と思うだろう。
大型車が対象に含まれないのは?だが、まぁ緊急の景気対策という狙いはわからないでもない。しかし、数年前あれだけ大騒ぎした民営化の理念はいったいどこへ行ってしまったのか。無定見なご都合主義とはこのことではないのか。
ふたつめはメディアの報道姿勢。取材の主旨はどれもこれも値下げによって、通行車両が増えたとか、SAPAの売上が増えたとか、表面的な現象の確認ばかり。せいぜい、「実施時期のズレ」や「二重支払い」などの揚げ足取りを付け加えるくらいで、前述したような基本的な問題意識は素通りのまま。あの「正義感」はどこへいってしまったのか。政治部と社会部は違う、アレとコレとは別の話しとでもいうのか。
「予約は増えてますか?」「事業には追い風でしょうね」なんていう、無邪気な電話取材に対して、いちいち上のようなことをぶつける気にもならないが、「そうですね、ありがたいことです」なんて答えるのも面白くないので、次のように話すようにしている。
両店ともオープン1年未満なので、明確な比較はできませんが、問い合わせは増えているようですし、利用者が増える要因にはなると思いますよ。
ただ、レストランやトイレと同様の基本的な利便施設として何年も提案し続け、ようやく出店を実現したわけですから、今回のような目先のことで一喜一憂するようなことはありませんよ。 |
| 2009年3月25日 スポーツ、スポーツ |
| WBC、日本優勝!
いつもはサッカー中心で、野球観戦の機会は少ないのだが、WBCの日本戦は別。ほぼ全試合、TV中継を見ながら声援を送った。
きのうは、その決勝戦。一時デスクワークを中断して皆で思い切り応援したいところだったが、残念ながら催事に呼ばれて出先で仕事。
電車の中でワンセグ放送を見続けるが、 ヒットは出るのに、あと一本が出ずに残塁の山。点差は僅少。なんとも落ち着かない。
こんなにドキドキするのは久しぶり。
催事場に着いてからも携帯ニュースから目が離せず、試合終了でようやく緊張から解放された。
一気に霧が晴れたような爽快な気分。
優勝おめでとう。そして、最高の感動に感謝。
とはいえ 、以前、エリートスポーツの舞台裏を知る機会もあり、背後には醜悪な争いが渦巻いているのは想像に難くない。
国別対抗となれば、ヒステリックなナショナリズムも水をさす。
しかし、わざわざそんな負の面ばかり見つめてもつまらない。
日本も韓国も、チーム一丸となって全力を尽くして戦い通した。
心折れることなく鍛錬を続けた長く単調な時間、圧力に屈しない集中力と覚悟、チームプレイに奉仕する精神。
そういう「純粋な」闘争心に素直に心動かされたいと思う。
いきなりレベルの違う話になるが、10日前、初めてフルマラソンに挑戦し、無事完走した。
5時間半近くもかかるようなスローペースだが、それでも2年半皆で断続的に続けてきたジム通いがあったからこそのこと。
ゴールした後、期待したほどの感動はなかったけれど、走ることを楽しめるようになったり、早起きしてジョギングしたりするほど、心が軽くなっていることに嬉しい驚きを感じている。
健全な肉体があっても健全な精神が宿るとは限らないが、バランスを崩した肉体を背負いながら健全な精神を維持することは至難のことだと思う。
その点、スポーツはいい。体を動かすことはいい。
何も足さない、何も引かない、自分の身体だけのことだから余計なものがない。汗が出始めると雑念が消える。
肉体だけでなく、精神もシンプルにしていければ良い。ほんとうにそう思う。 |
| 2009年2月16日 市民ランナー |
| 4年前から匿名でSNSに書き込むことが多く、こちらではすっかり筆不精。
タイトルだけ書きかけのままアップしてしまったり、情けない有様だが、心配無用。いたって元気だ。
その証拠に、最近は、早起きして毎日のように走ってる。
昨年末に左足中足骨を疲労骨折してしまい、今も全力は出せないが、逆にマイペースで走るようになり、なんとなく楽しさを感じるようになってきた。走るのが楽しいなんて、信じられない。
今週末は、本社全員参加で「日産スタジアム駅伝大会」に3チームで参加。
来月は、「荒川市民マラソン」でフルマラソンに初挑戦する。
話題のランニングシューズ、newtonやTAIKANもさっそくゲットして試走した。
(以下、半分こじつけだが・・・)
企業経営は、長距離走。一時的なスピードや、オーバーペースは禁物。
ジョギングペースで良いから、安定して着実に走り続けること。
間違いなく、沿道の景色は変わってくる。 |
| 2008年10月14日 アメリカ視察旅行 |
9月末から10月初めにかけて、6泊8日のアメリカ西海岸旅行に行ってきた。
実際に アメリカのMOTELに泊まり、 「ファミリーロッジ旅籠屋」の原点を体感するため4年前に始めた視察旅行。
本社スタッフに続き、各店舗の支配人を順番に派遣し、今回は7組目、8組目の4人に私と店舗管理部長が同行し、総勢6人で出かけた。
およそのスケジュールは・・・
1日目
朝ロスに着いてレンタカーに乗り込み、ハリウッド散策、ビバリーヒルズを抜けてサンタモニカの海岸で昼食。
そのまま海沿いを北上してOxnardという所のMotel泊。
2日目
寒気のせいか霧のかかっている海岸沿いを北上。途中有名なリゾート地Carmelを散策して、Seasideという町のMotelに宿泊。
3日目
昼過ぎにサンフランシスコに到着、北の金門橋を往復して街に戻りMotelを見つけて車を停め、夜まで市内散策。有名なフィッシャーマンズワーフでイタメシをとり、坂を上りながら市の中心部へ行きケーブルカーでまた港へ戻ってお約束のカニやエビを食べて夜にはMotelへ。
4日目
東へ進み、ヨセミテ国立公園を横断して砂漠地帯へ。ゴーストタウンになった廃墟を抜けて、Tonopahという田舎町のMotelに宿泊。
5日目
やっぱりリクエストの多いラスベガスに行くことにし、デスバレー横の砂漠地帯を延々と走り昼頃到着。早々にMotelを見つけてチェックインし、あとは中心部のストリップサウスを深夜まで3万歩も歩いて端から端まで散策。途中カジノに2箇所入ってスロットマシンで散財。
6日目
朝ゆっくりして、10時に出発。夕方早くロス空港のレンタカー営業所隣りにMotelを見つけて宿泊。夜に中華の店を見つけて最後の夕食。
7日目
レンタカーを返して空港で搭乗手続き。何時間も時間をつぶして夕方に離陸。満席の機内で12時間の辛抱。
8日目
無事成田着。預けていた車に乗り込み、左右を間違えないように注意しながら東京へ帰還。
私にとって、ロスは約15年ぶり。思い返してみれば、あの旅を機に事業を構想し、会社設立を考え始めたのだった。
サンランシスコは約13年ぶり。ひとつめの店舗「日光鬼怒川店」建築中の時だった。
感慨深いものがある。
今回、私以外は全員アメリカ本土は初めてなので、事故やトラブル無くみんなに旅を楽しんでもらえることばかり考えていたので自分の楽しみは二の次。
でも、その目的は果たせたので良かった。
以前と違うのはレンタカーに日本語のナビが付いていたので凄くラクだったこと。
かなり治安が良くなっているようで、危険な匂いをほとんど感じなかったこと。
MOTELの料金を含め、物価が高くなっているように感じたこと。
などが、全般的な印象である。
詳しくは、後日、ファミドラの「旅レポ」番外編にでも投稿する予定。
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| 2008年9月4日 ハイウェイホテルの存在意義とSAPAの役割 |
(社)日本道路協会の機関誌「道路」2008年8月号に掲載された拙文を以下に転載する。
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ハイウェイホテルの存在意義とSAPAの役割
株式会社 旅籠屋 代表取締役 甲斐 真
「壇之浦PA」と「佐野SA」に、相次いでハイウェイホテルが誕生した。
当社は、欧米に無数に存在するMOTELのような、マイカー旅行者が誰でも気軽に利用できるロードサイドホテルを我が国にも誕生させるため、「ファミリーロッジ旅籠屋」をチェーン展開してきたが、「壇之浦PA店」と「佐野SA店」についても、提案段階からプロジェクトに参加し、両ホテルの経営と運営を担っている。
SAPAに宿泊施設を設ける意味や条件、現状と課題、そして今後のSAPAのあり方について、率直な意見を申し上げたいと思う。
「壇之浦PA店」(右奥)
●はじめに
関門自動車道「壇之浦PA」(4月下旬)と東北自動車道「佐野SA」(7月下旬)に、西日本高速道路・東日本高速道路にとってそれぞれ初となる宿泊施設がオープンした。これらのプロジェクトに参加し、両ホテルの経営と運営を担うことになったことは、当社にとって限りない喜びである。企業としての損得で申し上げているのではない。7年前、道路公団の時代からSAPA内への宿泊施設の設置の必要性を強く訴えてきたが、その第一歩が踏み出されたこと、そのことが何よりも嬉しい。
率直に申し上げて、現時点で当社にとって利益が見込める確信などまったくない。20年という契約期間を通してずっと赤字を背負う事業になるかもしれない。しかし、我が国に欠落していた基盤施設が誕生することによってマイカー本来の利便性が発揮され、合理的な旅行スタイルが可能になり、モータリーゼイションの発展と成熟に近づくことができる。日本人のレジャースタイルや生活スタイルに新しい選択肢と自由を提供することができる。そのことに価値がある。これこそ、当社の創業目的であり、変わらぬ理念であり、存在意義だからだ。
●MOTELをお手本に生まれた「ファミリーロッジ旅籠屋」
アメリカを車で旅すると、行く先々の街や村で、MOTELという看板を掲げたミニホテルを数多く目にする。モーテルというと、日本ではカップル専用のラブホテルを連想する向きが多いが、本来は、車で旅する人が誰でも気楽に利用できる、素泊まりのロードサイドホテルのこと。ほとんど何のサービスもないかわりに、とても自由で、驚くほど安く泊まれる。高級ホテルと異なり、ゴージャスでリッチな気分を満喫するというわけにはいかないが、子供連れの家族旅行や友人とのドライブ、そしてビジネスでの宿泊には必要十分な施設であり、実際、アメリカでは、店舗数が1000を超えるチェーンがいくつもあるなど、その数はガソリンスタンドやコンビニエンスストアなどより多く、車社会になくてはならないインフラ施設として人々の生活を支えている。この事実を知っている人は意外に少ないようだ。
当社の「ファミリーロッジ旅籠屋」の構想は、こうした自由で経済的な宿泊施設を日本にも実現させることを目的にスタートした。2度のアメリカ視察を経て、1995年8月、待望の1号店が誕生。以来13年、日本では先例のない業態であり、さまざまな困難にも直面したが、予想を越える多くのご利用と「こんな宿泊施設を待ち望んでいた」との声を励みに、北は秋田・岩手から、西は山口まで26の直営店舗を展開するに至っている。
●SAPAに宿泊施設を設置することの意味と条件
すでに7000kmを超える高速道路が整備され、広域のネットワークとして機能している。必然的に長距離のドライブが増えており、運転者が安全かつ快適に長時間の運転を行うためには、物販・飲食に加え、十分な休憩をとれる施設が必要不可欠である。これがSAPAに宿泊施設が存在すべき基本的な理由である。楽しさ、新しさ、といった言葉が冠せられ、SAPAを活用する収益事業という表現も見受けられるが、それは本質的なことではない。宿泊施設はトイレやガソリンスタンドと同じように、本来「なくてはならない」施設なのであり、すべてのSAに存在して不思議ではない施設なのである。
さて、こうした宿泊施設に求められる条件とは何か。基本は3つあると考える。
第1は、誰もが泊まれるという汎用性。家族や友人グループなど数人での宿泊にも、ひとりでの宿泊にも対応できる施設であることが求められる。ビジネスマン向けのシングルルーム中心のホテルでは利用者の多様性に応えられない。「ファミリーロッジ旅籠屋」の場合、客室はバストイレを含め約25uの広さがあり、幅1.5mを超えるクイーンサイズのベッドを2台設置しているため、季節や曜日によって利用者の構成が変化してもすべての客室を利用いただくことができる。もちろん、将来、客室構成の異なる複数の宿泊施設が並存することになり、全体として対応可能であれば条件を満たすことになる。
第2は、宿泊特化。SAの多くに24時間営業の飲食・物販施設がある。宿泊施設自体がこうしたサービスや機能を持つ必要はどこにもない。限られたスペースを浪費する無駄な設備投資は行うべきではない。ただし、24時間営業の施設を持たないSAPAの場合この限りではない。
第3は、安価な料金設定。誰もが気軽に利用できるためには宿泊料は低廉でなければならない。「壇之浦PA店」「佐野SA店」の場合、他の「ファミリーロッジ旅籠屋」と同様、レギュラーシーズンなら家族4人で1室10,500円、2人なら1室8,400円、ひとりなら5,250円としている。十分にリーズナブルな料金と考えるが、いかがだろうか。SAPA内に広大なスペースがあって多様な宿泊施設が立ち並ぶような場合も、少なくともひとつはこうした料金の施設が必要だと考える。
●「壇之浦PA店」「佐野SA店」の現状
4月23日にオープンした「壇之浦PA店」(14室)の6月末までの客室稼働率はちょうど55%である。まずまずの滑り出しというところだが、これから夏休みに入り、初年度60%という当初目標をクリアーできればと期待している。ちなみに、利用者の構成は1/3が子供連れのご家族、ビジネス利用も少しずつ増えて2割近くになっている。ここは、PA側だけでなく、一般道路側からもアクセスできるが、ほぼ半数ずつという状況である。
「佐野SA店」(14室)は7月24日オープンのため、現時点ではまだ実績値が存在しないが、予約開始が遅れたこともあって夏休みの予約が低調である。ここは一般道路側からのアクセスができないが、どのように利用されるのか、どのような旅行目的の方が宿泊されるのか、ひじょうに興味深い。
今まで、多くのドライバーにとって高速道路は一刻もはやく目的地に到着するために通過する線であり、滞在する対象ではなかった。現時点で両ホテルの認知度はまだまだ低いが、たとえ知られてもどのように活用してよいのかイメージが湧かないという状況ではないだろうか。他の「ファミリーロッジ旅籠屋」と同様、口コミで少しずつ利用者が増え、SAPA内のホテルならではの利用がなされ、存分に活用されることを願っている。
●SAPAにおける宿泊施設具体化の課題
ご承知のとおり、アメリカの場合、高速道路の大部分はフリーウェイ、つまり無料である。本線脇のレストエリアにはトイレしかない場合が多い。出入り口が頻繁にあり、そのつど周辺の飲食施設や宿泊施設の案内看板があってドライバーを誘導してくれる。出入り自由だから、高速道路自体がこうした利便施設を設ける必要性がないのだ。しかし、日本の高速道路は基本的に閉じた空間であり、寄り道をすると通行料が割高になることもあって、SAPAに多くの機能が求められることになる。
ここで重要なことは、日本の高速道路の在り様はこうした与条件のもので整備されたに過ぎず、何もかも「公的機関」が計画的にすべてを用意する必要はないということである。既存の状況を唯一の当たり前のものと考えるべきではない。既成概念や先例主義にとらわれず、本質的かつ長期的な視点で大胆に発想し議論する必要がある。
「壇之浦PA店」「佐野SA店」の具体化には、他の「ファミリーロッジ旅籠屋」の場合と異なるさまざまな手続きが求められ、当初の計画をはるかに越える長い月日を要した。初めての試みであるため、止むを得ない面もあるが、これらの経験に学び手続きの簡素化や基本的な取り組み姿勢を変えていかなければ、高速道路全体の利便性を飛躍的に高め、車社会を発展成熟させる芽を摘んでしまうことになる。
語弊を怖れず、解決すべき課題を3点挙げたいと思う。
第1は、SAPA内に施設を設ける際に求められる連結許可手続きの問題である。まず、審査会が半年に1度しか開催されず、プロジェクトの進行が滞ることがあった。今後は、持ち回りで随時審査されるようになると聞いているが、これは大きな改善だと思う。ちなみに、道路公団が分割民営化された目的のひとつは、各高速道路会社が創意工夫を行い、コスト意識を高めながら、自主的に事業の改善と発展を推進していくことにあったと理解している。とすれば、年度ごとの予算主義や随意契約への規制は、ダイナミックな事業運営の足かせとなる。もし、そういう発想や規制が残っているとすれば、厳しいけれど自由な「民間企業」に脱皮されることを願ってやまない。さまざまな事情や深慮遠謀があるにせよ、お役所的な「先回りした指導やルール」は過保護や過剰規制となって企業の健全な発展を阻害する虞がある。保有機構や国土交通省の後ろからのサポートに期待する次第である。
第2は、高速道路会社自体に残るお役所的な雰囲気である。あくまで印象に過ぎないが、本社から現場への指示命令系統がスムースでなく、あわせて監督官庁や自治体などお役所の顔色をうかがう臆病な体質が感じられる。目先の決済や許認可を通すことが目的になり、本質的な議論や検討を避けて波風を立てないことに腐心しているように見える。これは大企業全般に共通する体質だが、もっと誇りと自信を持ってチャレンジしていただきたい。とかくマスコミは問題点ばかりを批判するが、アメリカに比べ日本の高速道路がいかに快適に整備されているかを主張してよいと思う。かつてのオイルショックの時と同様、地球温暖化防止が叫ばれる中で再びマイカー使用が批判される風潮が出始めているが、誰もが、いつでも広範囲に移動できるという「自由」の価値は限りなく尊く重い。モータリーゼイションという概念の基本的価値の根本には経済的合理性よりも前にこうした価値があるのであり、高速道路の運営者は普遍的な「文明」や「文化」を支え守っているという自負と責任を持っていただきたいと思う。
また、「佐野SA店」においては具体化に数年以上の年月を要したことから新規のプロジェクトでありながら、途中で担当者の異動が何度もあったことは残念なことだった。機械的な定期人事によるものであったとするなら、立ち入った意見ではあるが一定の配慮があって然るべきではなかったかと思う。
第3は、高速道路に限った問題ではないが、市街化調整区域における宿泊施設の建築制限の問題である。都市計画法によれば、無秩序な開発を防ぎ、生活インフラの整備を総体的に保証していくため、あえて市街化を抑制する地域を定め、原則として建物などの建築を厳しく制限している。ただし、車で通過する人たちに最低限の利便性を提供する「沿道サービス施設」を例外と定め、ガソリンスタンド・小規模な飲食・物販施設の建築を認めている。問題は、その中に宿泊施設が含まれていないことである。「佐野SA」は、従来道路関連施設として都市計画の対象外であったが、民有地になったことによって地域地区の指定を受けることになり、周辺にならい市街化調整区域と指定されてしまった。閉じたエリアであるSAを周辺の指定に合わせるという判断も理解しにくいことだが、そもそも車社会のインフラ施設であるべきロードサイドホテルが「沿道サービス施設」に含めれないことが不合理である。そのため、14室のミニホテルを建築するにあたって、SA全体の開発行為申請を行い、多くの手間と時間を要することになった。
これまで日本において欧米のようなMOTELが普及しなかった原因のひとつにはこうした法的規制がある。法律は現状の後追いになるのは止むを得ないことだが、今後、ロードサイドホテルの普及にともない適切な改正がなされるよう働きかけを行っていかなければならないと考えている。一企業の利益誘導になる、というような批判を受けることが容易に想像できるが、求めているのはそのような矮小な次元のことではない。

「佐野SA店」
●SAPAの将来について
ここ数年、スマートインターやウェルカムゲートなど、外部に開かれたSAPAを推進する動きが具体化している。前者については、インターの距離が離れているために、道路周辺の人々に十分活用されていない現状を比較的低コストで解決する妙案として歓迎されている。後者については、SAPA内の商業施設が周辺住民に利用可能になることによる利便性と収益性の両面の貢献が評価されている。
もちろん、こうしたメリットはその通りなのだが、本質的な議論が深められていない気がする。例えば、大都市圏内のSAに大型のショッピングモールを建設して周辺からの買い物客を集めたり、自動車のショールームを設けるなどのアイデアには疑問を感じる。高速道路外で足りているサービス施設をわざわざ限られたSA内のスペースに設置して利用者を呼び込む社会的必要性がどこにあるのだろうか。オープン化の目的のひとつがSAPAへの集客のためにあるとすれば、高速道路の存在意義を逸脱しているように感じる。
私見だが、SAPAのオープン化は、内から外に対しては地域のハブとして機能することによって地域の活性化に寄与すること、外から内に対してはSAPAを利便施設として周辺に開放して地域に貢献することが基本的な目的になるべきではないかと考える。
前者については、周辺の自治体や観光協会の案内窓口を設けて地域のPRや情報提供を行い、高速道路を下りて周辺の観光・飲食・物販施設へ誘導するような機能を強化すること。
後者については、公共性のある施設の少ない地方の郊外で有効だと思うが、商業施設だけでなく、高速道路の広域性を生かして病院や診療所を設けるのも意義のあることだと思う。ガソリンスタンドの再編が進んで数が減少する中、SA内のスタンドを外部から使えるようにするのも一案である。
こうした観点に立てば、SAPAに入って高速道路を走行せず再び出て行くという利用は例外ではなく積極的に認め促進していくべきである。現在、こうした利用についての可否や料金についての方針が明確に定められていないようだが、利用料金は無料もしくは最低限の金額としていただきたい。
●おわりに
当社は、創業から十数年のベンチャー企業である。いろいろと批判的なことも申し上げたが、当社をビジネスパートナーに選び、先例のないプロジェクトを推進された西日本高速道路・東日本高速道路の決断には心より敬意を表したい。
ようやくふたつのホテルがオープンしたが、利用する人々に喜ばれ、地域に貢献する施設としていけるかどうか。良き先例となって全国に広まっていくかどうか。それは、間違いなく、ホテルの経営と運営を担う当社の責任である。新しい旅のニーズに応え、高速道路の新しい活用に道を開く施設として、全力を尽くす所存である。末永いご愛顧ならびにご指導・ご鞭撻を賜りたい。
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| 2008年8月23日 ナイトマラソン |
| 以前にも書いたけれど、3年前から本社内で始めた体重・体脂肪測定とジム通い、そしてランニング大会への参加、なんと今も続いている。
ただ、さすがに今年は忙しく、3月の荒川市民マラソンから時間が空いてしまったが、昨夜、久しぶりにみんなで参加した。
第2回 葛西臨海公園ナイトマラソン、10kmのランニング大会だ。
こうした大会にエントリーすると、それが目標になって、継続的に走るようになる。
今回も、忙しさに追われてしばらく途絶えていたジム通いを5月から再開していた。
本社の新スタッフも半ば無理やり誘って、合計6名。
この日のために作った「TEAM旅籠屋」のオリジナルTシャツを着て夕暮れの葛西臨海公園へ。
葛西臨海公園は、東京ディズニーリゾートの近く、東京湾に面した広い公園で、今回はその中の5kmコースを2周する。
午後7時半スタートの夜間マラソンとはいえ、まだ8月。最大の問題は気温の高さ。去年は熱中症で救急車で運ばれた人が2人いたらしい。
ところが、当日を迎えたら、先週までとは一転して、突然秋になったような涼しさ。日が暮れる頃には気温は20度ちょっとくらい。
海沿いだから気持ちの良い風も吹いて願ってもないコンディション。
私個人は、先週の土曜日に10数年ぶりにギックリ腰になり、ギリギリまで参加断念止むなしという状況だったが、前日くらいからなんとかまっすぐ腰を伸ばして歩けるようになり、とりあえずスタートラインにつくことに。
初めてのランニング大会となる新メンバーもしきりと不安を口にしていたが、とうとう定刻になりヨーイドン。
・・・タッタッタッ、ドタドタドタ、ゼーゼーゼー・・・
人によってペースも表情も違うけれど、結果全員無事完走(完歩)!
私も、走っている分には腰の痛みも気にならず、5月からの努力が実って、自己ベストを更新。
長い間の目標であった1時間をギリギリ切って59分55秒でゴール。
やったー!
オリンピック選手の半分にも届かないスローペースだけれど、タイムなんて問題じゃない。
自分の脚だけで、頑張って走りきれた満足感が、最高の金メダル。
旅籠屋の場合、私が下戸ということもあって、飲みニケーションの機会はほとんどない。
取引先との接待付き合いもまずないし、ゴルフやマージャンもゼロ。 要するに、仕事ばっかり。
だから、ジム通いやこうしたランニング大会参加がオフィスを離れた唯一の集まりということになる。
といっても、別に「親睦を深める」という意識はない。体に良いことをして自主的に楽しもう、ただそれだけのこと。
でも、私が「行こう、行こう」というから、気の進まない人にはちょっと苦痛なことかもしれない。
もちろん、強制なんかしないし、しちゃいけないことだけど、できたら、全員がマイペースでずっと続けていければ良いな、と思っている。
「ファミリーロッジ旅籠屋」は、マイペースで自分なりの旅や時間を楽しむ宿。
忙しく観光施設を回り、お金で楽しさを買うような旅は推奨していない。
決してこじつけるわけじゃないけれど、 だから、それぞれの店舗の周辺を歩いたりジョギングして楽しめる「散策マップ」を作りたいと昔から考えている。
何ヶ月か時間がもらえたら、私が全店をまわってそれぞれの支配人と手作りしたいのだけれど、いつになったら実現するのやら。
目の前を見ると、「株主総会の召集通知」の作成締め切りが数日以内に迫っている。 やれやれ。 |
| 2008年8月8日 眠れないときもある |
北京オリンピックが始まった。
楽しみにしていたサッカー、男女とも初戦でつまずき、気分が悪い。
気力を吸い取られてしまったようで、11時には床についた。
ところが、3時過ぎに目が覚めてしまい、そうなるとアレコレのことが頭に浮かんできて眠れなくなる。
しばらく、ネットをうろついているうちに外は明るくなり、思い切って起き出すことにした。
最近、こういう日が増えている。
気分を軽くしようと朝風呂に入り、食器を洗い、汚れが気になっていた便器やテーブルを拭き、朝刊を読み、6時にはオフィスに出てきた。
3月から7月にかけてオープンが7つも続き、何ヶ月も文字通り目の回るような忙しさだった。
それが終わるとひと段落、と思っていたが、決算に向けた監査や年度替りに伴う書類更新に追われている。
きのうも、毎月の稼働率のグラフを作成してサイトにアップしたが、単純作業を26回繰り返すことになる。
店舗が増えることはもちろん本望なのだが、単純にその数だけ心配事も増える。
停電した、パソコンが動かない、予約でお客様と行き違いが生じた・・・まわりの席からそんな電話のやりとりが毎日のように聞こえてくる。
本社はほんとうに忙しい。
人数のやりくりがつかないと専務をはじめ店舗管理スタッフが店舗の代行勤務に出かけるし、忙しい店には掃除のヘルプにも出向く。
店舗開発のスタッフは、出店候補地を探したり、役所への事前相談や周辺説明に遠方を強行軍で走り回る。
全員がそろう日はほとんどない。
店舗からは毎週、毎月報告書が送られてくる。電話はひっきりなし。
建物の不具合や、用品備品の補充依頼。運営上の質問や相談。
支配人のストレス軽減を最優先に取り組もうと、少しでもはやく対応することにしているが、どれも簡単なことではない。
毎日数十通も届くアンケートハガキの処理や問い合わせへの対応、これも待ったなしだ。
仕事を追いかけるようにしよう、と言ってはみるものの、日々の雑務は増えるいっぽうで、日常業務を追い越すのは容易なことではない。
毎晩、終電間際まで残っているスタッフに「無理するなよ、つぶれないようにね」と声をかけた事も一度や二度ではない。
今年に入って、本社も派遣を含めて3名のスタッフが増えたが、それでもゆとりが生まれたという実感はない。
みんな一生懸命だ。
みんな誠実に仕事に取り組んでいる。
そうしたスタッフに恵まれていることを、つくづく幸運だと思う。ありがたいことだと思う。
猛暑が続いている。
毎日のように、どこかで突然の雷や豪雨が発生している。
地震もある。
昼食もそこそこに汗まみれになって走り回っている支配人たちの姿が思い浮かぶ。
こうした社員たちに報いたい、気持ちの張りを持ち続けてもらえるようにしたい・・・。
そのことが頭から離れない。
きれい事を言っていると思われるかもしれないが、旅籠屋に関わった人が、みんなそれなりにハッピーになれること、
そうでなくては、会社が存在する意味がない、と心底思っている。
十年ほど前、あるホテルコンサルタントを訪ねた時に言われた言葉が頭をよぎる。
「そんな薄利のホテルを直営でやるなんてばかげている。ややこしいことが増えるばっかりで3店舗が限界だよ。俺なんか、土地活用のアイデアを提案するだけだ。リスクはないし、儲かるだけだ」
数年後、彼は耐震偽装事件の関係者としてマスコミに登場していたが、結局、そこでも責任は問われなかった。
根本的な考え方が違う、冗談じゃないと腹を立てた十年前の怒りを反芻する。
しかし、あまりに忙しいとイライラする。
ついつい言葉がきつくなる。
取引先にも失礼な態度をとることがある。
生来のわがままがコントロールできなくなる。
申し訳ないことをしてしまったなぁ。
これじゃイカンなぁ。
どこかで不信感を持たれているかなぁ。
大きなトラブルになる兆候を見落としてないかなぁ。
アレコレのことが頭に浮かんできて眠れなくなる。 |
| 2008年5月7日 禁煙室について考えていること |
| 厚生労働省の調査によると、習慣的な喫煙者は20歳以上の男性で40%を切り、20歳以上の男女全体で25%を下回ったそうだ。ちなみに、外国と比較するとヨーロッパやアメリカは男女の差が比較的小さいが、15歳以上の男性の喫煙率は15〜30%以下のようだ。アメリカが男女とも20%以下というのは、想像していたよりずっと低い。室内禁煙の所が多いせいか、建物の出入り口にたむろして吸っている人を頻繁に見かけるので、どうもリッチな白人とそれ以外では様子が大きく異なるような印象を持っている。日本よりずっとポイ捨てする喫煙者が多いし、喫煙者=レベルの低い人間、というイメージがあったりするのかもしれない。
ところで、私は、40年来の喫煙者。数年前から、本社オフィスの机では吸わないルールにしたので本数は半減したけど、1日20本くらい。
それにしても、昨今、愛煙家はますます肩身が狭い。
全席禁煙のレストランにはまず行けない。だからスターバックスも敬遠している。あそこではくつろげない。
何より、海外に行くときの長時間の飛行機は苦痛で、カナダで泊まった全室禁煙のホテルでは氷点下のベランダで震えながら吸ったものだ。シンガポールでは、喫煙者もそこそこ見かけたが、屋外でも吸えるところは限られているので、気ままな散歩の途中「ちょっと一服」という楽しみが味わいにくい。
加えて最近困るのは、社外での打ち合わせや会議。
少し早めに着くようにして、外で一服してから訪ねるのだが、1時間を超えるとつらくなってくる。長くなる時は「喫煙室はありませんか」と聞いて、「ちょっと小休止しましょう」と言うこともある。
どれも20年くらい前には考えられなかったことだ。机にも会議室のテーブルにも灰皿があって、吸い放題だった。映画館で「煙が邪魔でスクリーン見えにくいよ」と腹を立てたことさえあった。
ちなみに、ずっと以前に禁煙した父は「人にとやかく言うことじゃない」と何も言わないけれど、息子たちは、一緒にいて吸うと煙たがるし、訪ねていくと換気扇の下やベランダに行かされる。
もちろん、タバコは肺がんになる危険性を高めるし、体によいことは何もない。それに、まわりの人たちにも受動喫煙によって悪い影響を与えるから、自分勝手な振る舞い、ということになる。
喫煙を自己弁護できる理屈はどこにもないし、吸わない人に「体に良くないよ、迷惑だよ」と言われると返す言葉がない。そこが、つらさを倍増させる。
と、ここまで来れば、 もう禁煙しないのが不思議なくらいだが、今のところ、私にその気はまったくない。
中毒なのだから、吸わないことで大きくなるストレスを引き受けるのがイヤだからだ。
「人間、不健康になる自由もあるでしょ」とうそぶいている。
いえ、これは冗談ではなく、信念みたいなものでもある。ここが、重要。
前置きはこれくらいにして、ここからが本題。「旅籠屋」におけるタバコの話し。
最近、「禁煙室希望」「禁煙室をもっと増やして」と言われることが少なくない。「健康増進法を遵守しているのか?」というメールをいただいたこともある。
その時に返した回答は以下の通り。
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・・・「●●店」では、2室およびラウンジを禁煙室とする予定でございます。自販機コーナーやコインランドリーは外廊下に面した半屋外のため、
とくに制限を設けませんが、外部に数箇所灰皿を設け、喫煙をこれらの場所に誘導する予定にしております。
ラウンジの禁煙措置や喫煙場所への誘導などはすべての店舗で数年前より実施しており、禁煙室につきましてもすでに数店舗で試験的に行っておりますが、近々、全店に禁煙室を設定する予定にしております。
弊社では、「シンプルで自由な旅をサポートする」ことを設立以来のポリシーとしており、出来る限り制約を設けず、多様な方々に自由にご利用いただくことを目指してまいりました。「受動喫煙」による健康への悪影響はまた別の次元の問題だというご意見があることも承知しておりますが、結果として、喫煙者に「不自由を強いる」面があることも否定できず、禁煙室の設定ではなく換気の徹底などで対応する方針を採ってまいりました。また、こうしたことは「努力事項」とは
いえ、本来法律で縛るべきことではないという考えもございます。しかしながら、どうしても、室内に匂いの残る場合があり、非喫煙者の割合も過半を超えてお客様から要望の多いこともあり、「健康増進法」や「世論」や「他の宿泊施設の状況」とは関係なく導入に踏み切った次第でございます。
以上、不十分な対応とのご批判を甘受しつつ、禁煙室の増室につきましては状況を見ながら進めていく所存でございます・・・・
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宿泊施設の場合、音や匂いは「泊まり心地」に大きな影響を与える。
以前、アメリカのMOTELを泊まり歩いたとき、葉巻や香水や汗臭い匂いが気になったことが何回もあるが、たしかに気分は良くない。だから、タバコを吸わない人が、その残り香に神経質になるのも、よくわかる。
「旅籠屋」の場合、「沼田店」を除いて、ほぼ全室2方向に窓があるから、換気には都合が良い。朝、お客様がチェックアウトしたら先ず行うのは、窓を開けて外気を通すこと。
それでも、匂いが残ることもある。
タバコばかりが問題視されるけれど、じつはキムチの匂いはもっと深刻。強い香水の匂いが充満して困ることもある。
支配人はけっして、こうしたことに無頓着でも放置しているのでもない。換気はもちろん、ベッドカバーを天日干ししたり、使っていないシーツを含め、すべてのリネンを洗濯に出したり、消臭剤や脱臭機を使って手間をかけて努めていることも理解して欲しい。もちろん、満室にならない限り、こうした部屋を使うことはない。
しかし、しかしである。
語弊を恐れず言わせていただくが、一部の人たちからの「ヒステリックな非難」には、寛容さを求めたい。
不特定多数の人が宿泊するのだから、「前の晩、どんな人が、どのように泊まったかわからない」 のが当然なのだ。
あまり神経質になられても、自分の都合ばかりを言われても、対応には限界があることを理解して欲しいのだ。
子供や幼児は、騒いだり夜鳴きしたりする可能性があるけれど、制約なくお泊りいただいている。
いつも家族同様に暮らしているペットも、 一定のルールやマナーという条件をつけて、自然に受け入れてきた。
車椅子の方、養護施設の子供たち、基本的にどんな人でも受け入れる。
社内のマニュアルにはこう書いている。
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・・・さまざまなお客様がいらっしゃいます。外見などの印象が悪くても、汚さず、騒がず、気持ちよくお泊りいただける方もあれば、その逆の場合もあります。同じ方でも、ご家族での利用の時は問題なかったのに、会社の同僚との宿泊の時は傍若無人だったということもあります。予断・偏見・先入観でお客様を「判定」し、失礼な対応をとらないようにしてください。
年齢の離れたカップル、不自然な家族、滞在目的の不明なひとり客、どうみても高校生以下にしか見えないカップルなど、不可解に思えるお客様もいらっしゃいますが、それはこちらの予断であり、プライバシーに属することですから、我々が関知すべきことではありません。実際に周囲に迷惑をかける可能性を確信できない限り、等しく通常のお客様です。
お役所的な発想では「疑わしきは事前に排除する」となりますが、それはトラブル発生の予防や対応の責任を放棄していることで、その結果、利用者の多様性や自由を損ねてしまうことになります。「旅籠屋」は「自由な旅をサポートする」宿です。そうした「自由」を守るために、お客様が引き起こすかもしれないトラブルを予防したり解決したりすることに要する手間とリスクを引き受けているのだという意識を持っていてください。おおげさに聞こえるかもしれませんが、私がアメリカのモーテルで感じた「日本に欠けているもの」のひとつはそうした「自由と責任」の意識です。我々も組織や肩書きを離れた時、軽んじられたり、詮索されたりして不愉快で情けない思いをさせられることがあります。社会的にマイノリティの立場にある人を、いわれなく差別したり区別したりすべきではありません。逆の立場になって、失礼な態度をとってしまうことのないよう気をつけてください。「旅籠屋」が大切にすべき精神は、こうした点にあります。
なお、泥酔状態などで正気を失っている方、著しく不潔で異臭を放っているような方など、明らかに施設を汚損したり、他のお客様に迷惑をかけることが確実である場合は、断固として宿泊を拒否することができますが、これは例外中の例外と考えてください・・・
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ペットも泊まれるなんて、非常識。ペットアレルギーの人もいるかもしれないのに。
なんで多数の非喫煙者がそんなに追いやられなければならないのか理解できない。
私がアメリカを泊まり歩いた時、部屋の匂いが気になったり、店の人の態度に腹が立ったりした時に思ったのは、良くも悪くもこれがMOTELだということ。外国だし、自分の都合を言っても始まらない。いやなら高いHOTELに泊まれば良いのであり(とはいえ、高いからサービスや気配りが行き届いているなんて保証はどこにもないのが普通)、自分自身で総合的に判断して選択していけばよいのだ、ということだった。そして、私には、それでも気楽なMOTELが性に合った。自己責任による判断、それは日本国内でもある程度は言えることではないかと思う。
自己弁護のために言っているのではない。 「旅籠屋」がアメリカの安MOTELのようで良いとは思わない。
ただ、「旅籠屋」は万人のためのものだが、万人受けするつもりは初めから無い。
「自由であり、多様性を受け入れる」ということは、そういうことだと思っている。
・・・とはいえ、「禁煙室」は、遠からず全店に設置し、少しずつ部屋数を増やしていくことになると思います。 |
| 2008年5月6日 (前日の)蛇足 |
それにしても、なぜスーバーアグリのチームをサポートする日本企業は現れないのだろう。
ようやく部品メーカーによるサポートが決まり、その経営者は実際の計算はともかく、「個人オーナーのチームが存続すべきだ」とコメントしたそうだ。
これがドイツの企業であることが情けないくて悔しい。
私に経済的余裕があったら、100万円でも寄付するし、「旅籠屋」に余裕資金があったら、株主や社員に批判されてもスポンサーになるのに。
最近、若者の「車離れ」の傾向が顕著らしい。
携帯電話代の負担増。楽しいことの多様化。バーチャル体験による満足。
原因はいろいろ言われているけど、いずれにしても、マイカーやマイバイクが「個人の自由」としての実質的、あるいは象徴的な意味を失いつつあるのかもしれない。
だとすると、マイカー旅行も無条件に価値あるもの、みんなが求めているもの、と言えなくなりつつあるのか。
そうだとすると、思い浮かんでくるのは、「マトリックス」などの映画に登場する、リアルとバーチャルが渾然とした「めまい」がするような気味の悪い感覚、そしてバーチャルな世界を現実と思わせてマインドコントロールするような、あのそら恐ろしい世界だ。 |
| 2008年5月5日 ガソリン税問題と車文化 |
| ガソリンの値段がまた上がった。
そもそも30年以上も続いている「暫定」税率の現時点での必要性、無駄な道路づくりにつながらないための一般財源化の是非、などいろいろな主張があるようだ。
とりあえず、何がベターなのか、 よくわからない。
しかし、議論の中で聞こえてくる「地球温暖化防止のために、課税は継続強化すべきだ」という主張に、強い違和感を覚える。
「ガソリンなどの化石燃料を使うと、二酸化炭素の排出量が増える」
↓
「二酸化炭素の排出量が増えると、地球温暖化が進む」
↓
「だから、ガソリン税の維持強化による消費抑制には、合理性と正当性がある」 という三段論法である。
こんな主張に、抵抗なくうなずいてしまう人が少なくないことにあきれてしまう。
こんな「もっともらしい正論」に飛びつくコメンテーターの幼稚さと思考停止に、「またか」と思う。
1970年代のオイルショックの頃にも、似たような議論があった。
当時は、狂乱物価と深刻な構造不況による高度成長の終焉という劇的な変化があり、経済的な面での緊急性があったが、
同時に、「省エネ」と「大気汚染防止」というスローガンが声高に叫ばれ、マイカーが「悪者扱い」にされた。
テレビの深夜放送中止、ネオンサインの消灯、そして自動車レースの自粛である。
大気汚染や無秩序な開発による環境破壊を正当化するつもりなど、もちろんない。
日本を含む先進国に住む我々の「快適な生活」が、有限な化石燃料や天然資源に支えられ、これが「公平かつ適正に」使われていないことへの問題意識も、当然ある。
人為的な要因によって、「急激に」地球温暖化が進行していることへの危機感も共有している。
かつて私は、「循環型社会」を日本で初めて提唱したコンサル会社に勤め、有害廃棄物の適正処理や、可燃ゴミ廃棄物の資源化プロジェクトに取り組んでいたのだから、無関心であるわけがない。
そもそも、一面的な「正論」の尻馬に乗り、勧善懲悪というか、誰かを悪者にして済む問題ではない。
だが、ここで論じたいのはそんなことではない。 感じている違和感は、少し次元の異なることだ。
先日、メディアの人に、こんな質問をされた。
「石油価格が高騰しています。地球温暖化防止の問題もあります。長い目で見て、マイカー使用を前提としたロードサイドビジネスの将来性や社会性について、どう思いますか?」
事業の収益性とか、店舗の拡大計画とか、株式公開の見通しとか、そんな取材が多いなかで、これは良い質問である。
当然なされるべき質問である。
その時、私が感じ、考え、答えたのは以下のようなことである。
一般の個人がマイカーを持ち、利用できるようになったのは、ここ2〜30年のことです。
その最大の意味は、誰もがいつでも行きたいところに行ける「個人の自由」を獲得したということです。
これは、有史以来数千年をかけてようやく人類が手にした「自由」です。
おそらくは、車の絶大な利便性や経済的な波及効果が、やむなく、図らずも為政者に認めさせた「個人の自由」です。
その価値は、環境問題や目先の経済的合理性を相手に秤にかけられ、二者択一を迫られるようなことではありません。
次元の異なることであり、手放してはならない貴重なことであり、はるかに本質的で重たいことです。
オイルショックの時、いくつかのルール変更や配慮はあったものの、ヨーロッパではF1レースは当然のように続けられました。
ライトアップが全面的に消されたという話しも聞きませんでした。
かつて、第二次大戦の中でも続けれらたクラシックコンサートを尊ぶ映画が作られ、共感を得ています。
そこには、人間の尊厳や人類の文化というものに対する長い歴史に培われた揺るぎない価値観というものがあります。
これから先、車に限っても、代替燃料の開発、電気自動車や燃料電池自動車の開発など、資源の節約、省エネルギーなど環境負荷を低くする動きは当然進められるでしょうし、進められなければなりません。
しかし、 かつての日本のように、「車の使用は、軍用や商用を優先とし、レジャーのためのマイカー利用は自粛すべし」などという、「正論」や「世論」や「指導」に安易に乗っかるべきではありません。
短絡的な「二者択一」の罠にはまる必要はありません。
車社会、モータリーゼイションという言葉が語られるとき、日本では産業の発展とか、利便性とか、そういう面ばかりが語られる。
もっと本質的なことに気づくべきじゃないか、ヒステリックな目先の批判に動じることなく、本質的な価値を掲げるべきではないか。
「シンプルで自由な、旅と暮らしをサポートする」というのは、そういうことなのだと、私は言いたいわけなのです。
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| 2008年4月27日 オープンセレモニー |
意外に思われるかもしれないが、新店舗のオープン日には、誰も行かないし、何もしない。
本社スタッフ総出のてんやわんやのオープン準備は半月ほど前に終わっている。
13年前、1号店開業の時は、なんとなく「常識」にとらわれて現地で簡単なパーティを催したが、その後は支配人だけが、静かに普段どおりお客様をお迎えする、それだけだ。
宿泊業は、息の長い、地道なビジネスである。一過性のお祭り騒ぎは必要ないし、そもそも旅籠屋には似つかわしくない。
しかし、例外もある。2年前にオープンした「東京新木場店」、そして今回オープンした「壇之浦PA店」である。
「東京新木場店」は、念願の東京湾岸エリアへの出店だったし、リサ・パートナーズとの業務提携による1号店。
少しでも知名度を上げたかったし、 広くメディアの方を招待して記者発表を行った。
そして、「壇之浦PA店」。
これは、西日本高速道路初の宿泊施設であり、テープカット、記念植樹を含め、驚くほど盛大なセレモニーが開かれ、会長自ら参加された。下関市長をはじめ、警察・消防・商工会議所の皆さんも参列された。

正直言って、こうした「形」に違和感を感じないわけでもなかったが、これは大きな期待をこめて先例のない決断に踏み切った勇気と熱意の証であり、誠にありがたいことであり、主催者の一員として挨拶することが少し誇らしかった。
実際、テレビ・新聞・ラジオと多くのメディアの方々が集まり、ニュースとしてたくさん取り上げていただいた。
当社だけでは、とてもできることではないし、一日もはやく、多くの人たちに存在が知られ、旅行者に活用されるようになることを心底願っている。
あとは、期待以上の満足を提供し、高速道路を利用するドライブ旅行に新しい可能性を切り開いていく、それが我々の責任であり、夢である。
セレモニーの有無を問わず、建物が完成して、オープンを迎える時にいつも思うことがある。
それは、必ずしもスポットライトを浴びない人たちのことである。
組織の中で、物事をスムースに実現していくためにある種のリスクをとりながら準備を進めた担当者。
限られた予算と工期の中で、大きなストレスを感じながら多くの業者をコントロールした現場監督。
雪の日の寒さの中で、真夏の暑さの中で、ほこりまみれになって自らの手で建物を作りあげていった職人の人たち。
そして、もちろん、慣れない地に赴任して、すべての責任を負いながらお客様を迎える支配人夫婦。
どんな仕事も同じかもしれないが、すべての基本は現場にある。
当たり前のことを当たり前のようにやる、それはなんとなくできることでは決してない。
「ここは、手を抜かずにきちんとやっとこう。もう少し、頑張ろう」。こういうひとりひとりの思いの積み重ねがある。
すべてはこれからですが、とりあえず、すべてのみなさんへ、感謝!
ほんとうに、ありがとうございました。 |
| 2008年3月22日 出店ラッシュ? |
| この1ヶ月で出店決定のリリースを3回も行った。4ヶ月なら6回だ。
去年の初め12店舗だったのが、今年の夏前には倍以上の26店舗になる。
数年前、毎年1店舗しか増えていなかったのがウソのようだ。
もちろん店舗が増えるのは嬉しいことだが、 もともと、売上や店舗数の急増を最優先で追い求めてきたわけではない。
高速道路SAPAへの出店など、戦略的に重要な案件が重なった。
オープン時期が夏休み前と後では、売上やその後の稼働率に大きな影響を与えるため、この半年間かなり無理して追い込んだ結果である。
これ以上ペースを上げるつもりはない。逆に抑えている。
さっそく、「内部体制大丈夫?」という突っ込みも入った。予想通りである。当然である。
「旅籠屋」には親会社という後ろ盾があるわけじゃない。無理して転んだりつまずいたりするわけにはいかない。
すでに年間延べ15万人を越える利用者、古くからの取引先や株主、そして(正直に言って私がもっとも大切に思い責任を感じている)平均年齢が50歳をこえる数十人の社員にとって、安心して付き合っていける会社であり続けることがすべての基本である。そうでなければ、創業の志を実現することもできない。
プロアマ問わず、社外のアナリスト諸氏には、会社の表面しか見えないだろう。
もしかしたら、社内でも本社の人間以外には見えにくいかもしれない。
じつは、 この1年、新規出店の何倍もの労力と費用を、リスク対策や管理体制の見直しや効率化につぎ込んできた。
日常の雑務に追われて後回しなっていく流れに必死に抗いながら、なんとか船を上流へ進めようともがいてきた。
データベースサーバはデータセンターに預けた。
個人情報保護と顧客対応の一元化を図るため、メールシステムも近々一新する。
HMS(フロントと会計を統合したオリジナルの基幹システム)の改良も毎年のように続けている。
セコムと契約して全店セキュリティシステムを導入した。
支配人の負担軽減のため、夜間電話の対応策も実施寸前だ。
総務労務の管理も専門のコンサルと協議を進めており、システム構築に着手した。
昨年末、1ヶ月かけて実施した全店チェックをもとに、改良工事も始まった。
あわせて、バリアフリー化の工事にも着手した。
実質的な設計スタッフも4人に増えた。
数年来の宿題だった社内ネットのリニューアルもついに始まる。
そして、こんな中でも、役所とは妥協せず面倒くさい問題提起をし続けている。
審査請求が2件、近々、ついに中央官庁のヒアリングも受けることになった。
年初から開始した本社スタッフの募集。
全員が揃うスケジュールを見つけながら、すでに8人面接した。来週は7人に会う予定。
4月に入ると「伊賀店」「壇之浦PA店」のオープン準備で身動きがとれなくなる。
なんとか、今月中には、頼りになる新しい仲間と出会いたい。
体力、気力を振り絞って、会社をワンランクアップさせようと、みんな、ほんとうに力を尽くしている。
「出店ラッシュ」なんて、ほんの一面のことだ。
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| 2008年2月28日 東西の高速道路に「ファミリーロッジ旅籠屋」 |
4月23日オープン予定で建築工事が進んでいる「壇之浦PA店」に加え、東北自動車道・佐野SAへの出店も今夏オープンを目指して動き出すことになった。
思い返せば、7年前の2001年夏、当時の日本道路公団 新事業開発室の方に「高速道路のSAPAにこそ、誰もが利用できる宿泊施設が必要ではないか」と進言して以来、「車社会に必須のインフラ施設としてのロードサイドホテルの必要性」を、繰り返し提案してきた。
これは、当社の創業目的そのものを実現することであり、自らの利益拡大とは次元を異にする動機によるものだった。
実際、 当時は店舗数もわずかで会社は大赤字。「できれば、日本で唯一の汎用ロードサイドホテルを実現している旅籠屋こそが具体化には適任だし、そうなれば嬉しいけど、難しいだろうなぁ」という気持ちだった。
その願いが、ついに実現することになった。
これが我々にとって、どれほど嬉しく誇らしいことか、理解してもらえるだろうか。
なぜ、SAPAの限られたスペースに宿泊施設?
・・・本来、必須のインフラ施設なのであり、今までほとんどなかったことの方が不合理。
なぜ、旅籠屋?
・・・けっして知名度は高くないが、日本において汎用のロードサイドホテルを展開する唯一無二の会社であり、10年以上にわたって実績と信用を積み重ねている。
今後、メディアを含め、いろいろな問い合わせが増えるだろう。
高速道路はとかく批判的にとり上げられることが多いから、ある種の先入観や偏見を持って取材される可能性もあるだろう。
「高速道路利用者の利便性向上や地域貢献」に直接つながる事業を実現するんだ!
他のことは知らないが、今回の計画が西日本高速道路(株)や東日本高速道路(株)の関係者のそうした強い思いと必死の努力の結果であることは疑いない。当事者として、そのことは断言できる。
民営化して間もない大組織が、前例のない事業に取り組む、旅籠屋のような「無名」の企業にホテルの経営や運営を託す。
きっと、さまざまな抵抗や批判や注文がついたに違いない。
その決断が容易なことでなかったことは想像に難くない。
私が子供の頃、郵便局に小包を持っていくと、紐のかけ方が悪いなどと叱られた。「送ってやってやる」という姿勢だった。
今の宅配便に慣れた人には、これがどれほど画期的な新事業で、我々の生活を便利にしたかが理解しにくいかもしれない。
コンビニも、ファミリーレストランも、携帯電話も、すべてそうだ。
そして、そこには、無理解や減点主義と戦った人たちがいる。目先の利益を度外視して道を拓いた人たちがいる。
両高速道路会社の人たちとは随分議論した。今後のSAPAのあり方や可能性についても意見交換した。
ここからは、当社が全力を出す番だ。皆さんの思いを裏切ることなく、利用者に喜ばれるホテルを責任を持って経営・運営していかなければならない。
5年10年後、「えー昔は泊まるところがなかったの? それで長距離ドライブ旅行してたの?」と言われる時代が来て欲しい。
そのための、最良の先例になる、それが当社の誇りある使命だ。
ご安心ください。10年以上、コツコツやり続けてきたことです。 |
| 2008年2月23日 ハーフマラソン、ビリで完走 |
| 好天に恵まれ、初のハーフマラソン、無事完走。
5km、10kmもあったけれど、ハーフの参加者は150人くらい。
とにかく無理せず走って完走、が目的だったので、
スタート直後に全員に抜かれていきなり最後尾の一人旅。
前の人との差も大きかったので、途中、折り返し地点の案内看板を持った人が引き上げてくる途中、などという屈辱も味わったけれど、
とにかく1回も歩かずに、走りぬいたぞ。
1km8分、時速7.5kmペース、という歩いているみたいな速度。
何回も走った10kmに比べると息はまったく苦しくないし、のんびり多摩川の河原の景色を見る余裕もあり。
ジムでマシンの上を走っているより、ずっと気持ちいい。
途中、もう少しペース上げようかな、とも考えたけど、余力は最後にとっておこうと自重。
しかし、やっぱり15km位から脚が重くなり、結局イーブンペースのまま、盛大な拍手に迎えられゴールイン。
これはトップとビリだけに与えられる栄誉。
3時間以内で完走が目標だったけれど、タイムは2時間42分57秒。
ちなみに、一緒に参加した会社の2人は、それぞれ1時間59分45秒と2時間25分59秒。
本日の教訓、現状ではフルへの出場はやっぱり無謀。
何回か、ハーフを走って、脚を丈夫にしないと無理、というのが実感。
ただ、ハーフを走っておくと、精神的には10kmが短く感じられてラクに思えるかも知れない。
次は、3/16の荒川市民マラソンの5km。
脚はラクだけど、心肺機能にはハード。
去年は30分2秒だったけれど、更新できるかなぁ。
走り終えて、すでに6時間以上経つけれど、今も脚がジンジンする。
今夜は、ゆっくりTVでサッカー観戦しよう。
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| 2008年2月20日 求む、本社スタッフ |
| 何年もなかったことだが、この4日間で2度も徹夜してしまった。
出店契約の内容について、ある大会社との最終調整が難航しており、どうしても眠れないのだ。
昨夏、オフィスが3階から1階に移ったが、それでも職住近接には違いないので、寝付けないとゴソゴソ起き出して、ひとり「出勤」することになる。
会社同士の交渉事だし、別に後ろ向きのトラブルでもないから、死活問題などではまったくないのだが、長期間にわたって誠実かつ責任を持って「旅籠屋」の店舗を経営・運営していく基本に関わることだから、表面的な議論や形式的な合意で済ますわけにも行かない。
繰り返し、繰り返し、必死にこちらの真意と考え方を訴えるのだが、通じない。 大会社だから、あら捜しをする人やトップと直接話ができないのがもどかしい。
今更ながら、企業文化や体質のあまりの違いに暗然とする。
まぁ、そんな話しは置いておくとして(これ以上は書けないのだ)、先日から本社スタッフ募集の活動を行っている。
出店ペースが上がり、もうじき20店を越えるが、本社のスタッフは私や専務を含めわずか5人。
仕事の「量」もさることながら、職務分掌を明確にして組織的に仕事をこなしていく体制を作って「質」を向上させていくにはどうしても人間が足りないのだ。
それに、「旅籠屋」の今後を考えれば、次代を担う人材を確保し育てていかなければならない。
出店経費が増え、損益的には少しの余裕もないのだが、これ以上決断を先送りにするわけにはいかない。
紹介予定派遣や人材紹介の会社に、初めて声をかけ、10近い先に求人を依頼している。もちろん、このホームページのトップでも募集している。こちら。
ようやく、応募者が集まり始め、あすから面接が始まる。
募集要項にも書いていることだが、当社に入れば文字通り「幹部候補社員」になる。大会社のように歯車の一部になるようなことはあり得ない。すぐに経営者と同じ目線で、感じ、考え、腕を振るうことができる。
それに何より、日本に先例のない事業、それもすべての人の暮らしを「豊か」にできる仕事にまっすぐに取り組むことができる。
社長が徹夜で仕事をしている、なんて書くと「ドン引き」されそうだが、朝礼で大声を上げ、鉢巻して残業まみれになるような「体育会系」の会社などではまったくない。
私が言うのもなんだけれど、仕事で自己実現を図りたい人には、これほど働き甲斐のある会社はないと思うのだが、ここ1年、「旅籠屋で働きたい」という直接の応募はほとんどない。
新聞のインタビュー記事を読んでいきなり手紙を書いて社長を訪ね、その場で転職を決めた経験のある私の感覚からすると、人材紹介会社経由でしか応募がないのはさびしい限りだ。
できるだけたくさんの人に会い、なんとか3月中には新しいメンバーに加わって欲しいと考えている。
まずは「旅籠屋 孤軍奮闘中!」を読んでいただき、どこかの「ファミリーロッジ旅籠屋」を訪ね、強く心が共鳴した人がいたら、ぜひ売り込んできて欲しいものだ。
ほんと、待ってますよ。
・・・始業時間が近づいてきた頃になって、少しずつ、眠くなってきた。
今週末は、初めてのハーフマラソンだし、今夜からはぐっすり眠れますように。 |
| 2007年9月24日 発売から、2週間 |
| きのうは、ひさしぶりの完全オフにして、浅草から有楽町まで散策。曇天だったが、ようやく暑さも和らいで散歩日和。
目的は、書店めぐり。そう、今月10日に発売された拙著「旅籠屋 孤軍奮闘中!」が、ほんとうに本屋さんに並んでいるのか、自分の目で確かめようというわけだ。
まずは、浅草橋駅近くの本屋さん、大型書店じゃないし、やっぱり置いてない。
次は、秋葉原の書泉。ここならあるだろうと期待していたが、尋ねたら「お取り寄せになります」とのこと、うーん。
なんとなく弱気になって神田のブックファースト。あったあった!書棚に3冊並んでる。嬉しくて携帯で写真撮影。
続いて日本橋の丸善、ここで購入したという話しを聞いていたから、きっとあると思っていたけど、目立たない場所にひっそりと1冊。
もしかしたら、売り切れ寸前ということか?!
そんな妄想にひたりながら、本日の最終目的地、三省堂書店・有楽町店へ。
自社の出版物だし、ここなら目立つ場所にあるに違いない。足早に入り口脇の「話題の新刊書コーナー」へ。
・・・ない。
せめて、ここでは「話題にはなってることにしてよ」とブツブツ言いながら2階のビジネス書の書棚へ。
ありました、ありました、20冊くらいが平積みになってる。こうでなくちゃ。
これなら売り切れの心配ないし、少し迷ったけれど、証拠写真を撮ったあと、1冊持ってレジへ。
調子に乗って、「この本、売れてますか?」 「当店だけなら、すぐにお調べできますよ」 「えっ! お、お願いします」
待つこと数分、ドキドキ・・・。
「あのー」 「ハイッ」 「昨日までのデータですが」 「ハイッ!」
「・・・ちょっと、売れてないみたいで」 「・・・ゼロ・・・?」
「はい、お客様が最初のお買い上げ、のようで・・・」
・・・ 聞かなきゃよかった。 |
| 2007年9月22日 高速道路への出店 |
| きのうは株主総会と恒例の「事業報告会」。
例年以上に多忙な中、資料作成をとおして前期を振り返り、今後の計画を練るのは「しんどい」作業だったが、立ち止まって考えるのはとても大切なこと。
そして、 今年も株主の方々から、的確かつ率直な提案や質問をいただき、とても参考になった。ありがたいことだ。
・店舗増にともない、ホームページのリニューアルの計画はないか?
・沖縄へは出店しないのか?
・利益率を上げるため、「東京新木場店」に続く大都市への出店は計画していないのか?
・取締役の定員は? 監査役報酬枠を決めない理由は?
・リサ・パートナーズや高速道路に依存しすぎる出店に問題はないか?
・無料のニュースリリースサイトの活用を検討してみてはどうか。
やはり、今年のエポックは、高速道路への出店であり、皆さんの関心も高かったようだ。
ちょっと記憶があいまいなのだが、初めて日本道路公団に宿泊施設の提案をさせていただいたのは、2000年か2001年、少なくとも6年以上も前のことだ。
「マイカー旅行者の誰もが気軽に利用できる宿泊施設は高速道路に必須のインフラであり、運営会社の義務です。旅籠屋が事業機会を得られるかどうかは別として、実現に向けての協力は惜しみません」と何度も申し上げたものだ。
それが、2年前の分割民営化を経て、当社も参加する形で具体化しつつあるというのは、本当に本当に嬉しいことだ。
先例のないことであり、採算に乗るのか、やってみなければわからない。もしかしたら当社にとって長期間にわたって赤字の店舗を引き受けることになるかもしれないが、それは大きな問題ではない。
「旅行者が、気軽に安心して泊まれる 自由で経済的な宿泊施設の提供し、 シンプルで自由な旅と暮らしをサポートする」という創業の目的を考えれば、その実現は当社の存在意義そのものなのだ。必ずや良き先例になりたいと考えている。
ところが、最近意見交換したコンサル会社の方の話しでは、SAやPAでのテナント募集はなかなか難しいのだそうだ。
いわく、商圏が見えない、利益が見込めない。運営側も高速道路の将来像が描けていないようなのだ。
しかし、どうして、現状だけで判断するのだろう。もっと、コンセプチュアルに発想しないのだろう。
そもそも、一般道路と同じ物差しでSA・PAの立地をとらえるのはおかしいし、現在の延長で見るのも能がない。 違った視点で考えてみるべきではないか。
一般道路と同じようなショッピングセンターを作ってみても仕方ない。造成のためのコストが割高になるし、高速料金を払ってまで買い物や食事に行く人は少ないのだから、同じ土俵で規模やイメージを競うのは本筋ではないと思う。
一部で、車のショールームを作るという計画を耳にしたことがあるが、私はそんなものを高速道路上に設ける必然性を感じない。貴重なスペースの無駄遣いではないかと思ったりもする。
いっぽうで、ETC利用車が外部と出入りできるSA・PA(スマートインター)も増えつつあるし、宿泊施設の設置も具体化しつつあるのだから、高速道路はたんに通過する閉じた線ではなく、SA・PAも孤立した点ではなくなりつつある。
SA・PAに必須の機能は、通行者に対し、従来どおりの中継地点として、さらに周辺地域という面の核として必要最小限の物と情報を提供することに特化すればよいと思う。
たとえば、簡単な診療所、自治体などの広報センター、周辺施設や観光などの案内所(いずれもパンフレットを並べているだけの場所ではなく、ヨーロッパの都市などにある親切なガイドが常駐する旅行者センターのような機能を持つところ)、さまざまな店舗のショップ(そこで何を売るかではなく、地元の名産品や名店を紹介して、誘導するようなショーケースで十分)など、ハブ的な機能を集めてみてはどうだろう。
アウトレットモールとか、温浴施設とか、洒落たショッピングセンターなんて、スムースに誘導できれば、外部にあるほうがずっと利用者に喜ばれると思うがどうだろう。
話しが宿泊施設と離れてしまったが、少し考えてみるだけで、高速道路の可能性は大きく広がっているように感じられる。
高速道路会社や国交省の人と、もっとこういう話しをしてみたいなぁ。 |
| 2007年9月16日 無自覚、無責任 |
「金沢内灘店」でのオープン準備の真っ最中に、安倍退陣のニュースを知った。
「ありえねー」と驚くと同時に、かなり腹が立った。
一般のサラリーマンだったら、どうだろう。
中小企業の経営者だったら、どうだろう。
みんな、心身のストレスを抱えている。
自殺を考えるほど追い詰められている人も少なくない。
辞めたら、家族や社員が路頭に迷う。
取引先や株主に迷惑をかける。
みんな、そういう責任感にぎりぎりの所で引き止められて、耐え難きを耐えている。
前から何度も書いているとおり、私はお役人が大嫌いだ。
なぜ嫌いなのか。
最大の理由は、許認可権限など「人の自由を制限する力」を持っているからだ。
「人に命令できる権利」というものは、本来きわめて特殊かつ異常なものであって、それを持つ者は重大な責任とさまざまな義務を負っていることを自覚しなければならない。
そのことに無自覚で、当たり前のように上からものを言う連中が少なくないのだ。
一国の宰相の抱えるストレスは並大抵のものではないだろう。
過酷な権力争いの醜悪は、地獄の業火に焼かれ続けているようなものかもしれない。
しかし、首相は最大の権力者であって、もっとも大きな責任を負っている人間だ。
ルーキーでもあるまいし、職責の重さと困難について、ある程度の予想と覚悟はあっただろう。
それを今になって匙を投げるというなら、それは、自分の体力や精神力の程度を見極めていなかったということだ。
食べきれないなら、最初から箸をつけてはいけない、ということだ。
こんな人間に、ある種の覚悟を匂わせながら「美しい国」などという資格はない。
「再チャレンジ」などを語る資格もない。
退陣と同時に、代議士も辞めて政界から退くのが、最低限の常識でしょうに。 |
| 2007年9月15日 本が出た |
| トップページで紹介しているとおり、数日前に「旅籠屋 孤軍奮闘中!」という本が出版された。
以前、住宅メーカーに勤めていたころ、何冊かの本を企画したことがあるが、自分が著者という本の出版は、生まれて初めての経験。部数が少ないので案じていたが、東京・横浜・大阪など、大きな書店には並んでいるようだ。なんだか面映い。
内容の多くは、この「旅籠屋日記」に書いてきたことなのだが、少しでも考えてきたこと、感じていることが伝わって欲しいと心から願っている。
残念ながら、まだ反響はほとんどないけれど、読者の中から、「旅籠屋で一緒に働いてみたい。」という人が現れないかと密かに期待している。
それにしても、この数ヶ月は忙しかった。出店が増え、毎月のようにオープン準備の作業に出かけるようになったし、店舗が増えれば、何かとトラブルも発生する。加えて、8月の酷暑の中で行った本社オフィスの改築・一部移転はたいへんだった。物理的な荷物の移動だけでなく、今は通信環境のややこしい整備もあるし、書類や資料の整理にはたいへんな手間暇がかかる。
今週は「金沢内灘店」のオープン準備に出かけ、昨夜戻ってきた。来週は「土岐店」着工会議などに出かけ、金曜日に株主総会。それが終わると、とりあえず一段落する予定。少しは余裕ができるかもしれない。
ただ、この機会に、去年からの宿題、内部統制をからめた業務の整理やマニュアルの整備など、本社や店舗の仕事をシステマチックに、効率的に進めていけるような大作業に力を集中させなければならない。今、このタイミングでレベルアップしておかないと、ますます余裕がなくなって難しくなるのは目に見えている。ある意味、日々の仕事から離れての作業だから、自分たちで馬力を出さないといけないし、力技の仕事になるが、ここは余力を振り絞ろう。
ありがたいことに、あさっては祭日。あした、株主総会用の資料を作ることにして、数ヶ月ぶりに休みをとろう。成り行きで衝動買いした電子ドラムも叩きたいし、年末の発表会に向けたハモニカの練習も始めなくちゃいけない。
さて、きょうはもう試合終了にして、散歩がてら浅草ROXの本屋に行こう。売ってるかな? 買っちゃうかも! |
| 2007年5月2日 三菱UFJ信託銀行 |
| 新店のオープン準備や、パンフレットの地図作成(あれは、すべて私が描いているのだ。情報の取捨選択やエリア区分がややこしくて、社外に頼むのは時間とコストがかかりすぎる)に時間をとられ、四半期報告書の作成が進んでいない。規定は45日以内らしいが、できるだけ早く、遅くとも30日以内のリリースを心がけてきたが、今回はぎりぎりになってしまいそうだ。あすからの4連休中に仕上げよう。
それでも一日パソコンの前に座っているのは気が滅入る。
そこで、気分転換を兼ね、バイクを飛ばして三菱UFJ信託銀行に通帳の記帳に行ってきた。最寄りの店舗というと大手町の本店しかないので、経理担当もなかなかそのためだけに出かける機会がないからだ。天気も良く爽快。たまには走らせないとエンジンのかかりが悪くなるし、一石二鳥。
幸い、日本橋にも支店を見つけたので、立ち寄ってATMへ。
ところが、 持参した通帳が受け付けられない。ここは旧「三菱信託」系の店舗なので旧「UFJ信託」系の通帳記入は窓口でしか出来ないとのこと。
合併して1年半以上経つのにシステム統合が進んでいないというのはどういうこと?
もともと店舗数が少なく不便を強いられていたので、同じ三菱UFJフィナンシャルグループの傘下に入った時点で、三菱東京UFJ銀行のATMでも記帳できるように、と再三要望していたが、それどころの話ではない。
合併には、大手金融機関としての事情があるのだろうが、一般預金者の利便性を考えてのことでないことはこれで明白。そもそも、どっちを向いて仕事してるの?
そのくせ、毎月毎月、1枚ぺらの「証券代行ニュース」を定形外郵便で送ってくる。借入返済の通知も事前事後と2度ずつ送ってくる。送料が無駄だから改善した方がいいと何回も提案したけれど、相変わらず。
コスト意識はないの? そういう問題意識を持つ行員はいないの?
こういう会社が融資先には顧客第一主義とか経営の合理化なんて偉そうに言うのだろうか。
もしそうだったら、冗談じゃない。お笑いだ。 |
| 2007年3月6日 マイペース |
| 以前にも書いたが、一昨年の春から、みんなで、毎週、体重や体脂肪率を計り、ジムに通ったりしている。メタボリック・シンドロームに危機感を感じ始めていたからだ。おかげで、30%に向けて増え続けていた体脂肪率ももう少しで20%を切れるところまで落ちている。
去年の7月からほぼ月1回のペースで続けているミニマラソン大会への参加も、シェイプアップに大きく貢献している。
それにしても、自分たちが「走る」なんて、1年前には想像もしていなかったことだが、一度参加してみると走り終わった後の達成感は格別で、すっかり「病みつき」になってしまっている。
本社スタッフといっても4〜5名、年齢も幅があるし、走力も違う。速い者は10km45分前後だが、最年長の私は「1時間以内が目標」という低レベル。
10km走ると言うと、知らない人は驚いて感心されたりもするが、70歳過ぎで35分、という人もいるくらいだから、私などほんのジョギングペースで、いつも最後尾に近い。
ひとつ弁解させていただくと、じつは初回の練習の時に膝を痛めてしまい、毎回、痛みが出ないよう膝をかばいながらの走りなのだ。
それでも、昨年7月の初挑戦の時の79分からは少しずつタイムが縮まり、最近は65分は切れるようになった。
話題の「東京マラソン」も10kmコースに参加、2週間後にも別の大会に出て、自己ベスト更新を狙ったが、残念ながら果たせなかった。64分が壁?なんてお粗末。
前者は、氷雨の中、人込みをかき分けながらだったので止むを得なかったが、後者は天気もよく、膝も痛くならなかったので納得がいかない。
原因は、前半あまりにもスローペースだったからだ。後半のペースで最初から走っていたら、60分そこそこで走れていたかもしれない。くやしい。
ところで、最近、ますます仕事が忙しい。
3〜4月に3つ店舗がオープンするし、その後の出店計画も目白押しだ。
例えて言えば、おいしそうな料理が次から次へと目の前に並ぶような状態なのだが、もちろん、これが血肉になるには、迅速に消化できる丈夫な胃腸と、成長していく身体を支える骨格や器官の発達がともなわなければならない。食べ過ぎが原因で病気になり、倒れてしまっては意味がない。
人間の体の場合、元来「食料不足」に耐えるようにシステムが作られているから、「飢餓状態」でない限り「飽食」や「過食」の方が病気の原因になりやすい。
旅籠屋の場合も、 ひもじい思いをしながら何年もやってきたから、たくさんの「ご馳走」には体が慣れていない。
「貧乏人根性」丸出しで、出されたものに端から喰らいつきたい衝動にかられるが、まぁ、ここは慎重にいこう。私の走りとは逆に、まわりにつられてオーバーペースになると、途中で腹痛リタイアなんてことになりかねない。ちゃんとトレーニングして、毎回完走していれば、目に見えて体力は向上していく。必ず、余力は増えていく。
膝の痛みは、ランナーに多い「腸脛靭帯炎」らしい。膝のまわりの筋肉を鍛えたり、ストレッチを充分に行えば改善するらしく、そう心がけている最近は確かに痛みが出にくくなっている。
心肺機能も確実に向上しているから、 弱点をカバーできれば、60分切りも遠くないだろう。 |
| 2006年12月26日 ネットマナーの低下 |
| 今に始まったことではないけれど、ネット上でのマナーをわきまえない書き込みや振る舞いに苛立つことが多い。
ホームページを開設して、来年の2月で10年になるが、一貫して誰もが自由に書き込んで閲覧出来る「ゲストブック」を開いたままにしている。
不特定多数の一般ユーザーを対象にしている企業で、こうした場を持っているのは、ごく少数ではないか。背景や経緯を省いて一方的に批判的な書き込みをされると、それが悪意によるものでなくても、読む人に影響を与え、場合によっては大きな誤解やダメージを受けることになるからだ。
だから、一部には「ゲストブックは閉じたほうがいい」という意見がある。賢明かつ妥当な判断だと思う。
批判される側は衆人環視の中で「さらし者」にされるけれど、書き込むほうは、匿名だし、そんなことに気づいている人は少ないだろうからだ。
リアルな世界では、誰かを批判しようとすれば、それなりの根拠が求められ、発言への責任と逆批判のリスクを負うことになる。例えば、どこかのレストランの前で「ここの料理はおいしくないぞ」と道行く人に訴えるには、それ相応の覚悟が求められる。
普通なら、まずそのレストランの人に直接苦情を言うべきなのだ。いきなり、店の前で「営業妨害」をすることなどありえないし、許されない。
ネットでは、こうした世の中の手順や常識が「お手軽に」無視できてしまうし、実際無視される。
「旅籠屋」にご宿泊いただいて何か不愉快に感じられる点があれば、まず直接その店にご意見をいただきたいと思う。
「ゲストブック」に批判的な書き込みがあれば、すぐに状況を調べ、速やかに「お詫び」や「弁解」や、ちょっとした「こだわり」を書く。ただ、これに対して、再度の書き込みがなされることはほとんどない。「言いっぱなし」「文句の付けっぱなし」なのである。
ネットというのは、自由であることが命だと考えている。検閲された情報掲示板なんて、意味がない。
だから、意地を張って、完全にオープンな「ゲストブック」を維持してきたが、残念ながらネットマナーが向上する気配は見られない。情報の発信者であることについての自覚が育っていない。そろそろ潮時かもしれない。
「ゲストブック」以外にも、「旅籠屋」のことが話題にされるサイトがいくつかある。
残念ながら、書き込みの多くは、「知ったかぶりの中学生」程度のもので、話にならない。そもそも発言は浅薄な思いつきを「一家言」のごとく偉そうに語っているに過ぎず、発言に責任をとるつもりも、とれるとも思っていない。人間として最低だと、私は断じてはばからない。
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| 2006年11月15日 会社解散 |
| ショッキングなタイトルだが、もちろん「旅籠屋」のことではない。
私が、昔、勤めていた会社の話。
いろいろあって、大学を卒業したのが26歳。
「サラリーマンには絶対向かない」という周囲の声と「サラリーマンにだけはなりたくない」という自らの願いを裏切って、就職した会社。
2〜3年続くかな、という予想だったが、結局12年半在籍した。
その会社が解散してしまうらしい。
驚くと同時に、複雑な心境。
退職したわけだから、批判的に見ている部分はもちろん多い。
でも、良くも悪くも、社会人、ビジネスマンとしてのイロハを教えていただいたわけで、あの頃の経験の上にしか今の自分はない。
日本にも合理的で質の高い住宅を作ろう、という目的意識のもとで、竹中工務店や新日鐵の共同出資で設立された、ユニークな会社。
そういうコンセプト重視の企業のDNAは、間違いなく私の心の中に受け継がれている。
親会社から役員が天下ってくる会社の「経営者不在」の問題点や、プロパー社員の情けない状況も苦い体験として刻まれている。
もともと、起業なんて夢見ていなかったし、状況がほんの少しでも違っていたら、転職なんてしなかったかもしれない。
当時の同僚は、きっと会社の幹部だろう。
会社が解散したら、この先どうするのだろう。
きっとたいへんだろうな、と思う。
会社の利害関係者(ステークホルダー)という言葉があるが、社員だけでなく、その家族、顧客、たくさんの取引先、そしてもちろん株主。
経営者としての社会的責任と義務、そのために必須な資質や能力のことをあらためて考える。 |
| 2006年10月21日 非常識 |
| おとといは、「軽井沢店」の敷地で着工前打ち合わせ。数日後には着工だ。
きのうは、「千葉勝浦店」の敷地に地縄を張って着工会議。
そして、週明けの月曜日には「須賀川店」の確認申請書提出。
12月から来春にかけては、3箇所で並行して工事が進むことになる。 こんなこと、初めて。
かなり忙しいけれど、前向きな作業はあまり苦にならない。
この段階に来るまでの心労が大きかっただけに、かえって嬉しい。
というわけで、やれやれ、という気分の週末の土曜日だが、朝8時半に電話で起こされた。
「オタクの株を買おうか考えてるけど・・・」と来た。
「はい」
「3店オープンするらしいけど、資金はどうしたの?」
「土地や建物を当社で取得するわけではありませんので、とくに資金調達の必要はありませんが」
「あっそう。ところで、株式の分割とか増資とかないんだろうね? 薄まると困るからね」
「いえ、それは、あるともないとも、この場で一部の方だけにお答えすることはできません」
と、まぁ、(文章にすると伝わらないけれど)こんな小ばかにしたような調子でのやりとりが続いたのだけれど、だんだん我慢できなくなって
「あの、初対面の方にタメ口聞かれる筋合いはありませんよ。失礼じゃないですか」と言ってやった。
「親しみを感じてたもので」などと弁解していたが、冗談じゃない。いい加減なウソをつくんじゃない。
自分の利殖の手段として旅籠屋の株を利用することが目的で、旅籠屋自体には興味ないんでしょう。
中小企業なんて万事レベルが低くて、その経営者なんて信用できないと思ってるんでしょう。
こっちは「株を買ってやる立場なんだから、ありがたく思え」と腹の底で考えてるんでしょう。
違うというなら、投資先の社長にいきなり電話してアレコレ質問するとき、オタクなんて、言うかね。
人間としての常識の問題でしょう。
敬語を使え、なんて、言わないけれど、友達じゃないんだから、普通の言葉を使いなさいよ。
旅籠屋の場合、公募増資の時から出資いただいている株主の方がたくさんいらっしゃる。
そして、株主総会の場に限らず、貴重な提案や情報提供をしていただくことが多い。
それは、もしかしたら、とても珍しいことで、経営者としては得がたい幸運なのかもしれない。
だから、こういう「株主」に慣れていないのかもしれない。
でも、慣れるつもりもない。
と、ここまで書いて、先日、別の日記に「田舎モン」と題して書いた文を思い出した。
言いたいことは同じなので、転記する。
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「田舎モン」
電車を乗り継いで、有楽町まで買い物に行ってきた。
むかついたので、珍しく昼間から、書く。
混んでもいないのに、電車の出入り口に立っている兄ちゃん。
二人分の席を占領して平然としているオヤジ。
後ろから続く人などお構いなしに扉を締める女。
そういうのを「田舎モン」と言うんだ。
回りのことなど気にする必要がないという傲慢さ。
回りの空気をさっぱり読めない鈍感さ。
こういう無神経な人は、人影もまばらな田舎に行っちゃってください。
都会暮らしには向きませんから。
多様性には馴染めませんから。
思考停止の無表情。
生きる値打ちも資格もない、と言いたいくらい。
絶対に友達にはしたくないタイプ。
間違っても子供など再生産せずにひっそり暮らしてくれ。
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要は、社会生活を営む人間としての常識をわきまえろ、ということだ。
あー、こっちは、土日も忙しいのだ。
午前中には老母を病院に連れて行き、午後は犬の予防接種。
今夜はバンドの練習で、あしたは10kmマラソンだ。 |
| 2006年9月22日 株主総会 |
| きょう、第12期定時株主総会だった。
とくに大きな動きもないので、今回は少ないかなと思っていたが、社員・役員株主を除いて10名以上の方々が参加された。
グリーンシートに登録して、一般の株主の方々を前に事業の報告と見通しを語る公式の集まり。 数えてみたら、これで8回目。
初めての時は、カチカチに緊張して、リハーサルを行ったりしたが、最近はすっかり平常心。
慣れもあるけれど、「軽井沢店」の件で「つるし上げのような反対運動」にさらされた経験が生きている。
多勢に無勢、罵詈雑言を浴びせられてもひるまず対応してきたことで、精神的に少し強くなったかもしれない。
もともと、隠し事のない会社だし、やましいことは何もない。問題点があれば率直に詫びればいいし、主張すべきことは主張すればいい。実態以上に、大きく虚勢を張る必要もないし、小さく卑屈になることもない。
そんなわけで、自然体で臨んだわけだが、総会後の「事業説明会」では6人の方からいくつかの質問をいただいた。
今後とも、赤字店をクローズする考えはあるか?
店舗拡大の手法として、フランチャイ ズ方式をとる考えはないか。
予約サイトの活用をもっと拡大してはどうか。
ホームページ(「旅籠屋日記」を含む!)の更新が滞っているようだが。
中高年旅行者の増加に対応した広告戦略は?
利用者として、支配人の第一印象に良し悪しがあるが、どう考えているか?
どの質問も、期待していただいている気持ちが伝わってきて、ほんとうにありがたい。
なんとなく、このページの更新もしないままでいたけれど、これではイカンと反省した次第。
必ずしも、業務に直接関係ない話しもあるかもしれませんが、どうか気楽に読み流してください。
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| 2006年6月9日 シェイプアップ |
去年の5月から、毎週、本社の男性スタッフ全員(と言っても、設計事務所の人を含めてわずか4人)で体重や体脂肪率を測ってグラフを掲示している。
デスクワーク中心で、目に見えて肥満が進んできたからだ。
私も 「鬼怒川店」にいた頃から比べると、10kg以上も太った。
時々、区のスポーツセンターのジムに行ったりするくらいで、みんなで何か特別のことをしているというわけではないが、中には体重が15kg、体脂肪率が10ポイントも減少して別人のようにスリムになった社員もいる(彼の場合は、個人でトレーニングしたり食生活改善に努めている)。
さて私だが、体重が−3kg、体脂肪率が−4ポイント。
効果はわずかだが、無自覚のまま過ぎていたら、逆の結果になっていたかも。
食生活管理や筋トレもいいが、やっぱり有酸素運動で体の中から鍛えないとね、というわけで、7月にみんなで10kmマラソンに参加することにしている。
ちなみに、全員愛煙家なのだが、これも、2年ほど前から自分のデスクで仕事しながら吸うのは止めようということにしているから、かなりの節煙になっている。
いずれも、みんなで無理せず続けていることだから、決して苦痛ではない。
毎週月曜日の体重測定は健康談義に花が咲き、楽しく一週間がスタートする。
オフィスも、秋から1名スタッフが増えることになり、これに備えて書類や資料の整理を始めた。
本社の業務をすべて洗いなおし、職務分掌を明確にし、ファイルサーバの中も整理整頓する。
体も仕事も、まずは成り行き任せになっている日常の無駄をそぎ落とし、シェイプ・アップすることが肝要。
どちらも、生活習慣病=成人病にならないうちに、血をさらさらにするのだ。
しかし、問題は今夜開幕のサッカーW杯大会。
夜更かしと睡眠不足と間食と運動不足の予感・・・
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| 2006年3月20日 証券会社とグリーンシート |
今回、「東京新木場店」オープンに先立って、初めてプレス向けの内覧会を開催した。
東京に店舗が誕生するという機会を活かして、できる限り知名度を上げたいと考えたわけだが、PR会社の尽力もあって、いくつかのマスメディアで旅籠屋を取り上げていただいた。
同時にリリースしたリサ・パートナーズとの業務提携のニュースも注目されたようだ。
いつものことだが、少しニュースになると、いろいろな会社から引き合いや問い合わせの電話が入る。
もちろん、嬉しいことなのだが、かつて冷たくされた会社からだと「今頃になって・・・」と恨み言を言いたくなる思いもある。リスクをとらず目先の打算でしか動かない企業とはつきあいたくない。ベンチャー企業は、ビジネスの方法論にもこだわるべきなのだ。
これはもう1年ほど前からのことだが、銀行や証券会社からのコンタクトが増えている。証券会社の場合、IPOに向けてのアプローチということになるのだが、私は、必ず「貴社は、なぜ、グリーンシート市場の株を取り扱わないのですか?」と尋ねることにしている。
先日も、業界のリーディングカンパニーであるN証券の方に「取引が少なく利益にはつながらないでしょうし、現在のシステムにもいろいろな問題はあるでしょうが、本来の意味での株式市場を育て、日本経済全体の発展を考えれば、貴社こそが積極的に関わっていくべきではないですか?」と申し上げたが、具体的な反応はなかった。
数日前もC証券からIPOに向けた主幹事証券がらみで会いたいという電話があったので「まず、グリーンシート株の取扱いをされることが本筋ではないですか?」と申し上げたら「ウチはそれはできないので、結構です」と電話を切られてしまった。
グリーンシートに登録して6年半、すっかり古株になっている。
だから、ずっとグリーンシートの流れを見ているわけだが、率直に言って疑問に思う点も多いし、本来の目的に沿って成長しているようにも見えない。とくに「拡大縁故増資」については、数年前、ディーブレイン証券の出縄社長と長時間議論したが、残念ながら方針は変わっていない。
しかし、アーリーステージにあるベンチャー企業にリスクマネーを提供する場という意味で、グリーンシートはかけがえのない市場であり、その社会的意義はますます高まっていると思う。
当初、求めに応じてあえて設けていた株式の譲渡制限を、数百万円の費用をかけて撤廃したのも、グリーンシート市場の拡大と普及という目的を理解したからだ。
それなのに、取扱証券会社の数は少しも増えず、取引数が少ないから株価による企業評価という市場としての機能も果たしていない。残念なことだ。
いろいろな事情はあるだろうが、存在意義や社会的使命という観点に立って、証券会社各社の参加を強く望みたいと思う。
余談だが、せっかく譲渡制限を外したのに、どうして松井証券は旅籠屋の取扱を始めないのだろう。
以前は、もちろん、取り扱いますよ、と言っていたのに。
IPOを考えると、株主数の増加は一長一短があるし、別にあらためて申し入れるつもりはまったくないのだが、取り扱わない理由を聞いてみたい気はする。
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| 2006年2月25日 アナログ |
| 昨秋、株主の方から、新聞の書評欄のコピーをいただいたことがある。
旅籠屋と重なるところがあるのではないか、とのコメントが書き添えられていた。
アメリカのスモールタウンばかりを結ぶ車での一人旅紀行。
ビビッとくるものがあり、早速書店を回って手に入れ、一晩で読み終えた。
「語るに足る、ささやかな人生・・・アメリカの小さな町で」 駒沢 敏器 著、NHK出版 2005.7/25発行
文字通り、ロードムービーを見ているような、少し切ない旅気分があふれている素晴らしい本だった。
都会や観光地だけを駆け足でつまみ食いする旅では決して気づかないアメリカ人の暮らしが、行間から伝わってくる。
十数年前、初めてMOTELを泊まり歩きながら感じた世界の背景が、じっくりと表現されている。
お奨めの一冊である。
別のところで、これもある株主の方が「旅籠屋はアナログなビジネスだと思う」と評されているのを目にしたことがある。
思わず、そのとおりかもしれない、と膝をたたいた。
サービス業だから、機械的な数値で測りにくい、マニュアル化しにくいビジネス、という意味もある。
しかし、ご指摘の主旨は、「あえて素っ気無い雰囲気にしようとする二重のこだわりを感じる」ということなのだと解釈した。
ひとつは、「雰囲気」という抽象的なものにこだわるアナログ志向、もうひとつは数字を至上としないこだわり重視の経営姿勢。
個人的には、こうした理解者に恵まれていることを、ほんとうにありがたいことだと思う。
最近、耐震偽装問題や、東横インの違法改造問題や、ライブドアのニュースが騒がしい。
私は、バブルの頃の「一億総不動産屋、一億総株屋」と言われた時代のムードを思い出した。
当時、この流れに乗らなかった経営者は「時代遅れの頑固者、保守的で無能な経営者」と批判されていた。
それが、バブル崩壊後は「さすが、先見の明のある堅実な経営者」と再評価される。
まったく世間の無定見にはあきれてしまう。
ただ、当時批判された経営者たちの多くは「なんとなく、どこか違うと感じて、その気にならなかっただけだよ」というのが正直な気持ちであったように思う。
根拠としての理路整然とした経営判断基準を問われても答えにくかったに違いない。
これは、アナログな感性の問題だ。
世の中の動きが速い。断片的な情報が飛び交い、「世論」の風向きもコロコロ変わる。
頑迷だったり、保守的であることが良いとはまったく思わないが、今の時代、ある種のバランス感覚や常識やこだわりを失わないことがとても大切なのではないかと思う。
音楽だって、私もカラオケはMIDIで作るけれど、それはハモニカで「歌う」ための練習用ツールに過ぎない。ブルースハープは肉声にもっとも近いアナログ楽器、サンプリングでの再現は、まぁ無理でしょう。
「楽天トラベル」で宿を検索して事足りるような旅のスタイルも、やっぱり好きになれないな。 |
| 2006年2月3日 痛み |
| 業績の下方修正、などという、情けない四半期報告書をリリースした日にこんな日記を書くと、「弱気な発言は経営者失格!」とお叱りを受けるかもしれないが、およその事情は開示したのだから、もう心境を吐露してもいいだろう。
歯が1本痛いだけで、靴づれを1箇所作っただけで、何もかも台無しの気分になる。
心の痛みも同じ・・・
たったひとつでも悩ましいことがあると、生きていること全体がつらくなる。
ところが、考えてみたら、小さな雲が浮かんでいるだけかもしれない。
他は青空の広がるすばらしい天気かもしれない。
そうやって、少し離れて状況を見てみると、「なーんだ、降水確率10%」と知って気持ちがラクになる。
健康に慣れていると、痛みに弱くなる。 ほんの一部分の痛みで重病人の気分になる。
快晴じゃなくても、元気に暮らせる心を持ちたい!
・・・この半年間、こんなことを自分に言い聞かせ鼓舞し続ける毎日だった。
個人の金儲けなどという私欲にとらわれず会社を興し、この10余年、社会に貢献する事業であるという誇りを支えに、誠実に仕事をしてきたつもりだが、考えもしなかったような露骨なエゴに直面し、重度の人間不信に陥りそうだった。
これまでも、先例主義に凝り固まった役所や金融機関の無理解や事なかれ主義に抗って道を切り拓いてきたが、人間としての最低限の礼儀もわきまえないこれほどの侮蔑と敵意を浴びるなど、想像したこともなかった。
正直言って、逃げ出したいという誘惑にかられる瞬間もあったが、踏みとどまって、真正面を向き続けてきた。創業の志を裏切ることはなかった。
ベンチャー企業というものは、周囲との摩擦がある所に存在意義がある。
問題は解決したわけではないし、これからも、予期せぬ壁にぶつかるに違いない。
しかし、この半年間の経験は、間違いなく会社を強くした。
絶対に逃げない、絶対にあきらめない。腹をくくれば怖いものはない。それが教訓である。
営々と努力を続けても、実業の世界はそう一本調子にいかないものだ。
・・・それにしても、結局はひとり背水の陣に立つ社長というものはしんどいもんです。
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