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2005年
2005.2/4 歯がゆい
2005.3/23 質的変化
2005.5/10 もうすぐ10年
2005.6/28 バカ正直
2005.7/16 楽天トラベル
2005.8/12 役員賞与
2005.8/22 腹立たしくて、悲しい
2005.11/28 経営者の仕事

2005年2月4日 歯がゆい

第2四半期報告書をリリースした。売上げは堅調に伸びているのだが、通期の利益予想は下方修正。毎回1日でも早くリリースすることを心がけているのだが、期待を裏切るような内容になる時はさすがに筆が重い。経過勘定の処理が年々厳密になって単純な前年比較が難しくなったとか、店舗が増えたからとか、まったく言い訳にもなんにもならない。固定経費の見積もりが甘かったなんて、恥ずかしい限り。我ながら情けない。歯がゆい。

きのう、野村證券主催の「株式公開セミナー」を聞きに行った。時々、こうした無料セミナーの案内をもらうことがあり、これまではひとりで参加していたのだが、「そろそろ共通認識に」と考え、3人で出かけた。取引所の人の話は型どおりだったが、上場コンサルや監査法人の実務担当者の話は結構生々しくて面白かった。「形式基準を満たして公開にこぎつけても、その意味を理解していない経営者が多く、そういう企業はつまずく」という指摘には説得力があった。具体的なチェックポイントの指摘もあったが、グリーンシートが実践的な上場準備の場になっていることを再認識。しかし、もう5年だぞ。歯がゆい。

トップページで告知しているから周知のことだが、昨年秋、ある不動産投資会社から「湾岸店」具体化のための高額の資金提供の申し出を受けた。湾岸への出店は何年も前から夢であり、ほんとうに願ってもないチャンス。目の色を変え、汗をかき、知恵を絞って東奔西走しているのだが、3ヶ月間が過ぎても用地決定に至らない。「建て貸し」とは異なり、「売り地」を探すのは容易だと考えていたが、さまざまな理由があって東京湾岸は例外なのだ。これとは別に、SPCや証券化による出店スキーム構築の提案も受けている。これも願ってもない話し。間違いなく、湾岸店はその具体化の突破口となる。株式公開のためには将来性を約束する事業計画が欠かせない。責任ある事業計画には計画的出店を可能にする「手法」が必要。扉の前に立っているのに右往左往している。歯がゆい。

まぁ、しかし、これまでも開くはずのない扉をいくつも通ってきた。だから、きっといつかは開く。しかし、いつかではなく、今すぐ開けたい。扉の向こうの世界を見たい。あ〜歯がゆい。

2005年3月23日 質的変化

時の過ぎるのがはやい。歳のせいばかりではない。片付けるべき仕事が多くて心身両面で走り回っているせいだ。
嬉しいことに新規出店の話が次々に持ちかけられる。おかげで最近は出張の連続。車中の時間が退屈でもったいないから、ネット接続でき、仕事や打ち合わせのできる大きな車でも買おうかと話しているくらい。

事業のこうした拡大は、当然、質的な変化を会社に求めてくる。
社内マニュアルの充実、個人情報保護法対策を含めたリスク管理や管理体制の整備、前に進む以上の労力と時間を足元固めに費やしている感じ。
こういう作業は、ある意味後ろ向きの仕事だし、外からはうかがい知ることのできないことだから、会社が停滞しているように見えるかもしれないのがちょっと悔しい。
でも、功を焦って気を緩めたら取り返しのつかないことになる。とりあえず走って行ける所まで進んだ後で振り返ればよい、という考え方もあるだろうが、つまずいてころぶことは絶対にできない。

ニッポン放送の件で「会社は株主のものだ」という意見を「わけ知り顔」で語る人を見かけるが、株価を唯一の物差しにして企業価値を計る、なんていう考え方は私にはまったくない。
単なる言葉ではなく、心から顧客の満足、社員の生活、そして取引先との共存共栄を大切に考えたいというのは私の譲れない信条だ。
とくに、毎日現場で働いている社員の立場を他の誰が責任を持って考えられるというのか。人の尻馬に乗る無責任な「世論」や「進歩的な」知識人なんかに影響されて借り物の「正論」になびく経営者がいるとしたら、そんな人間、私は嫌いだ。

おっと、話が脱線した。
私はニッポン放送の新株予約権発行差し止めの決定を当然だと思うし、株主を軽視しているわけでもないので誤解されては困る。本題は質的変化が求められてアレコレやるべきことが多くて忙しい、という話だった。

質的変化というと、「ファミリーロッジ旅籠屋」という宿泊施設の将来像についても社内で議論する機会が増えている。
都市型の店舗は郊外型と形態を変えるべきなのか、3階建て4階建てはどうか、客室数を増やすのはどうか、部屋の広さは、料金設定は・・・などなど。こうした戦略的なテーマを議論できるようになったこと自体、感慨無量なのだが、すぐに延々と議論が続いてしまうのは悩ましい。

奥が深くて、普遍性のあるテーマなので、その内容は、日をあらためてじっくり吟味することにしよう。

2005年5月10日 もうすぐ10年

今年のGWはカレンダーにも恵まれ、売上は10日間で1千万円を超えた。かつて「鬼怒川店」初年度の年間売上が2千万円強であったことを考えると感慨無量だ。

別に、過去を懐かしんで自己満足にひたるつもりもないのだが、この1週間の間にも、TDnetに天下の大企業と肩を並べて開示情報が掲載されたり、週刊ダイヤモンドに間接的ながら紹介記事が載ったりと、これまでの歩みを実感できる事象が続き、隔世の感を禁じえない。

四半期報告書でも発表したことだが、いよいよ店舗展開のペースが上げられそうな状況になってきたし、今期は悲願の黒字転換も実現できそうだ。資金繰りの不安から解放されつつあるのも嬉しい。

7月下旬には、1号「鬼怒川店」オープンから丸10年になる。何か記念イベントでも、という案もあったのだが、旅籠屋らしく実質本位に徹し、支配人のアメリカMOTEL視察旅行をスタートさせ、その後、初めての全社会議を開くことにした。会社の原点とこれまでの歩みを確認し、次の10年に踏み出そうということだ。


朝日新聞の記事(小林慶一郎のディベート経済)で説かれていたとおり、「会社は外との関係では市場論理で利益を追求していても、内部は共同体的な倫理規範で運営されるべきものだ」と、私も感じている。
「社員が共同幻想を持てない会社は結局、よい仕事はできないし、利益も上げられない」そのとおりだと思う。矛盾するふたつの倫理規範をいかに調整し、止揚させていくか、それが経営者の描くべきビジョンであり、理念だと思う。

2005年6月28日 バカ正直

ここ数ヶ月、頭から離れなかった心配事・・・
仕事での大きな課題が、ようやく解決に向けて動き出した。
役所の帰り、車の中で、「良かった、良かった」と何度も声を上げた。
新しいことを起こそうとする時、許認可権限を持つ役所との交渉は、ほんとうに骨の折れることなんです。
法律は、事実の後追いだから、結果的に守旧的な存在で、世の中の新陳代謝を妨げようとする。
行政官は法を執行する立場だから、法律の時代錯誤を訴えても運用の幅には限界がある。その立場は理解しているつもりだ。

それでも、「決まりは決まりだから」と聞く耳を持たない役人も少なくない。そういう場合、裏に責任逃れの事なかれ主義が露骨に透けて見えて腹立ちを抑え切れなくなることがある。

先日も、枝葉末節にこだわる労働基準監督官に、思わず「あなたは、どういう志を持って労働基準監督官になったんですか。労働者の待遇や職場環境を向上させたいという気持ちがあったからじゃないんですか。それなら、実態無視の法律の条文にこだわる職務に矛盾を感じませんか。法の不条理をもっとも肌身で感じている現場の行政官として、自分が何をすべきか考えるべきではないですか」などと詰め寄ってしまった。

今回も、もしどうしてもラチがあかなかったら、都道府県はもちろん、中央官庁まで行く覚悟を決めていた。さらに、場合によっては行政訴訟を起こして法の不合理を正すことも視野に入れ、友人の弁護士に相談したりもしていた。

最近、ベンチャー企業経営者の能力や経営姿勢について、厳しく問いただす投資家の意見を頻繁に眼にする。その苛立ちや怒りはかなりの部分理解できるし、共感することも少なくないが、所詮株価の上昇だけを期待する意識は共有できるものではない。

経営者にとって、初期の事業資金を提供してくれた出資者は文字どおりエンジェルである。その恩を忘れることはないし、決して忘れてはいけないと思っている。しかし、経営者は株価を上げるためだけに事業を行っているわけではない。
めいっぱい陳腐な言い方になるが、少しでも世の中の役に立ち喜ばれるために新しいビジネスを興し育てているのだ。少なくとも私は、株式公開による株価の高騰が天使に報いる唯一の方法であるとは考えていない。もっともっと大切なものを含めて恩返しすべきだと信じている。ベンチャー企業が創業の志を失ってしまったとしたら、それこそ恩人に対する裏切りじゃないか。

役所との交渉に臨むとき、その場逃れのごまかしや、政治家を使っての圧力など、結果重視の方法はいくつもあるだろう。それを知らないほど世間知らずではないし、その選択肢を潔癖に否定するほど青くもない。
しかし、可能な限りそんなことはしたくない。
とにかく、誠心誠意、趣旨を説明して、法の目的に適っていることを訴えて理解してもらう。
そして、きょうの担当者からは、こちらの熱意への理解と、それに応えようという誠意を感じることができた。私には、それ自体が、嬉しく幸せなことだ。

愚直でバカ正直なやり方だと、自分でも思う。でも、それでいいのだとも思う。心の底で公共工事の入札制度の不合理を痛感しながら談合を繰り返し、バレると心にもなくお詫びする大企業のコピーなんてヤナコッタ。

2005年7月16日 楽天トラベル

「ファミリーロッジ旅籠屋」1号店が誕生して、ちょうど10年になる。店舗もようやく10に増えた。
社内コミュニケーションの密度を保つためにも、初めて「全社会議」なる集まりを持った。

過去10年の概括、現状、そして今後の10年のビジョンについて語ったが、具体的な課題のひとつとして、「楽天トラベル」(旧 旅の窓口) などの宿泊予約サイトへの対応を取り上げ、方針を示した。

きっかけは株主総会での株主からの提案。
「旅行代理店などに依存しない」というポリシーを曲げ、例外的に登録に踏み切った。3年前のことである。
集客そのものよりも、存在を知ってもらうための広告宣伝の一環と割り切っての決断だったが、幸か不幸か年々集客の実績が上がってきている。

9月からは、販売手数料が大幅に上がり、実質10%になる。このままで良いのか、原点に立ち返って考え直すべき時ではないかという問題意識があった。

新聞報道によれば、すでに「楽天トラベル」経由の宿泊予約はJTBの半分程度になっているらしい。ビジネスホテルの中には依存率が20%を超えている所もあり、手数料の値上げは業界で大きな問題になっている。先日はテレビでも取り上げられていた。

宿泊施設の側からは、「寡占企業の横暴だ」「もっと手数料の低いサイトへ乗り換えよう」というような声が聞こえてくる。切実な問題であり、そうした感情は痛いほどわかるが、その次元で不満を言っても解決策は見えない気がする。

片方に多数のユーザーがあり、他方に多数の宿が散在する。それが、現場ではなく、予約という契約行為で売買されるのだから、ネットによるマッチングサービスに向いている面がある。好むと好まざるとに関わらず宿泊予約サイトの存在感はますます大きくなっていくに違いない。
加えて、大幅な値上げといっても、既存の旅行代理店の手数料よりは安い。

そして、何より、空室にするよりもマシなのだし、だからこそ登録し、実際、売上の増加を喜んできたのだから、感情的に異議を唱えてみても、根拠が弱い。楽天の強気も、ビジネスとして考えれば当然なことであり、そんな次元で議論していても勝負は見えている。 自業自得、他力本願のツケを払うしかないというわけだ。

物であれ、サービスであれ、直販に特化しない限り、サプライヤーと中間業者と最終販売業者は本来熾烈な主導権争いの関係にある。家電メーカーと量販店、メーカーと卸業者と巨大小売業者の血みどろの戦争は、過去何十年も繰り返されてきたことだ。
宿泊業界は、サイトビジネスであり、画一的でないことに安住し、自らを甘やかしてきたのではないか。

残念ながらというか、当然というべきか、新聞の記事もテレビの報道も、それぞれのすれ違いの主張を紹介するばかりで、こうした点に踏み込む問題意識さえ提示しない。
おそらく、宿の経営者の多くも、業界団体でさえも、どっちが得か、どう交渉しようかという戦術論に終始しているように見える。

理屈ではわかっていても、なんとなく面白くない。そういう感情の源に何があるのか。問題の本質はきっとそこにある。

集客を外部に依存すること、それは価格決定権を含めた自らの経営権を低下させることを意味する。手数料の支払いによるコスト増を認め、値引きを受け入れ、場合によってはサービスの内容さえ決められてしまう。宣伝を代行され、宿のセールスポイントも自らの言葉で語れなくなる。無意識に感じている不満の原因はそこにある。

自主独立の権利、それは企業の生命線である。その権利は命がけで守らなくてはならない。そのためには、自らの商品の差別化をはかり、自力で広くアピールしなければならない。
かつて、困難だったこうしたことが、ネット社会の出現によって、小規模な企業にも可能になってきた。端的にはホームページの開設や電子メールの活用である。

ネットは分散処理の世界。人類が、歴史上初めて手にした、中央集権的でない個別分散型の双方向の情報伝達環境だ。無数の個人やグループや組織が、特異性を維持したまま存在しうる、本質的に多様性を内包した世界だったはずだ。
工場生産品でない宿泊施設が個性を売り物にするなら、こうしたネット世界に活路を見出し、ネットの特性を守るよう働きかけていかなければならない。

楽天は、IT業界の寵児ともてはやされているが、一度、彼らのネット観を尋ねてみたい気がする。
「旅の窓口」時代は許容していた個々の宿自身へのリンクボタン、それをすべて消し去ったのはなぜか。
千差万別の施設の紹介を画一的なフォーマットに押し込め、価格帯で検索させるのはなぜか。
ポイント制をスタートさせ、リピーターさえも直接予約から遠ざけようとするのはなぜか。
答えは簡単。マッチングサービスを成立させやすくするために、利用者と宿の多様性を単純化したいからだ。それが、手数料ビジネス発展の最短距離だからだ。

しかし、それでいいのか。ネット社会の未来はそれでいいのか。情報が単純化され、記号化され、多様性を失っていくことでよいのか。情報を一部の企業が寡占する世界に戻すことでよいのか。

いつものように「あるべき論」にたどり着いてしまった。「ビジネスの本質は、効率である」という主張に徹する人たちとはここでお別れである。
私、そして「旅籠屋」のモチベーションと存在意義は、別の道の上にある。

前者会議で示した方針? 結論だけ言えば、当面登録継続である。

そう、中小企業はじっくり、しつこく、したたかに行く。

2005年8月12日 役員賞与

1号店がオープンしてから丸10年、ようやく念願の黒字転換を果たした。

1000万円は超えるだろうと予測していたが、ややこしい決算処理を終えてみたら、700万円どまりだった。
新設された外形標準課税による法人事業税や法人住民税だけで約400万円は痛い。事業規模の割りに資本金が大きく、店舗が各地に点在しているので負担が大きくなるのだ。
赤字の繰越があるから所得割の法人税はかからないけれど、固定資産税が140万円。締めて税負担は550万円。なんだかなぁ。納税以外の面で随分と世の中に貢献していると思うんだけどなぁ。
まぁ税制の不合理については、別の機会に吼えよう。

ところで、少ないとはいえ一応黒字になったのだからと、密かに楽しみにしていたのが役員賞与
しかし、昨日の取締役会で会計士に確認したところ、なんと、累積損失がある間はダメなのだそうだ。
えーっ ?! 知らなかった・・・

ようやく減少に転じたとはいえ、累損は1億5千万円近くあるから、これでは少なくとも数年はもらえそうにない。
がっかり、ほんとうにがっかり・・・

当社の役員報酬は、取締役3人と監査役1人の合計4人で1425万円。
取締役のひとりは私の父で、退職金をはたいて出資と貸付を行ってくれたのだが、これまで1円も払っていない。申し訳ない。
昨年就任していただいた監査役にも交通費プラスくらいしかお支払いしていない。申し訳ない。

役員だから、もちろん、従業員と違ってボーナスなどない。

世間と比べて月々の役員報酬が少ないことなど、大きな声で言うようなことじゃない。
元々金儲けが事業を始めた動機じゃなかったし、お金に換えられない喜びも得てきた。
しかし、子供の学費やらなんやら、私個人の家計はずっと赤字続き。
今回楽しみにしていた初めての役員賞与だって、右から左に消えていく運命ではあったのだが。

仕方ないから、役員報酬を増額してもらおうか、と考えているのだが、そうなると会社の営業費用が増えて利益を減らすことになる。
うーん、悩ましい。

責任の重さやストレスの大きさ、なんてことを持ち出す前に、
社長だって、専務だって、もう少しゆとりのある生活をしたいぞ。

2005年8月22日 腹立たしくて、悲しい

社会的地位や経済的余裕は、人間を寛容にすると思っていた。
高い教養や文化的な素養ば、人間を予断や偏見から自由にし、周囲に流されない勇気を与えると期待していた。
しかし、それはどうも逆らしい。

自分たちの価値観ばかりを語り、排他的に「自分たち」を守ろうとする。
多様性を受け入れる心のゆとりを失ってますます狭量になり、ヒステリックに選民意識にしがみつく。
こんなことが世界中で起きている。身の回りにもある。
腹立たしくて、悲しい・・・

2005年11月28日 経営者の仕事

10月後半、3回に分けて本社全員で全10店舗をまわった。
新規の出店候補地の視察も兼ねていたので、あわただしい出張だったが、得るものは多かった。
じかに建物の雰囲気を感じ、支配人の表情を見て気がつくことがたくさんある。
せめて半年に1度は足を運ばなければと痛感した次第。

今月に入り、先週は泊りがけで「九十九里店」のオープン準備に出かけた。
ガランとした建物に家具が入り、絵がかかり、草花が植えられて表情が生まれてくる。
なにか部活の合宿みたいな楽しさがある。
作業を終え、役所の検査も済ませて、ひとつのホテルをみんなで作り出したような喜びがある。

少しずつ店舗が増え、店舗管理担当者の仕事は増えるばかり。
新規出店の話しも順調に増え、開発担当者や設計士さんは図面や書類作りに忙殺されている。
電話も郵便もメールも来客も増えるいっぽうで、「雑用」に追いかけまわされている感じがする。
やりたいこと、やらなきゃならないことに手が回らない苛立ちがある。

そろそろスタッフを増やさないといけない。オフィスも手狭になってきた。
でも、広い所にたくさんの人間がいれば良いというわけでもない。
お役所みたいになったら死にきれない。

業務の洗い出し、合理的な分類と再構成、職務分掌の明確化と権限の委譲、そして情報の一元化。
まずは、そういうグランドデザインを描いてみなければいけない。
・・・これこそ経営者の仕事。


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「旅籠屋主人のベンチャー日記」 (雑誌「戦略経営者」連載)はこちら

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