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2009年
2009.2/16 市民ランナー
2009.3/25 スポーツ、スポーツ
2009.4/6 高速道路料金の値下げ
2009.7/13 ファイナンス・リース
2009.7/15 なにわ節
2009.8/3 3年ぶりの8耐観戦
2009.8/24 1年ぶりのナイトマラソン
2009.9/18 幹さんと株主総会
2009.12/30 節目の年

2009年2月16日 市民ランナー

4年前から匿名でSNSに書き込むことが多く、こちらではすっかり筆不精。
タイトルだけ書きかけのままアップしてしまったり、情けない有様だが、心配無用。いたって元気だ。
その証拠に、最近は、早起きして毎日のように走ってる

昨年末に左足中足骨を疲労骨折してしまい、今も全力は出せないが、逆にマイペースで走るようになり、なんとなく楽しさを感じるようになってきた。走るのが楽しいなんて、信じられない。

今週末は、本社全員参加で「日産スタジアム駅伝大会」に3チームで参加。

来月は、「荒川市民マラソン」でフルマラソンに初挑戦する。

話題のランニングシューズ、newtonTAIKANもさっそくゲットして試走した。

(以下、半分こじつけだが・・・)

企業経営は、長距離走。一時的なスピードや、オーバーペースは禁物。

ジョギングペースで良いから、安定して着実に走り続けること。

間違いなく、沿道の景色は変わってくる

2009年3月25日 スポーツ、スポーツ

WBC、日本優勝!
いつもはサッカー中心で、野球観戦の機会は少ないのだが、WBCの日本戦は別。ほぼ全試合、TV中継を見ながら声援を送った。
きのうは、その決勝戦。一時デスクワークを中断して皆で思い切り応援したいところだったが、残念ながら催事に呼ばれて出先で仕事。
電車の中でワンセグ放送を見続けるが、 ヒットは出るのに、あと一本が出ずに残塁の山。点差は僅少。なんとも落ち着かない。
こんなにドキドキするのは久しぶり。

催事場に着いてからも携帯ニュースから目が離せず、試合終了でようやく緊張から解放された。
一気に霧が晴れたような爽快な気分。
優勝おめでとう。そして、最高の感動に感謝。

とはいえ 、以前、エリートスポーツの舞台裏を知る機会もあり、背後には醜悪な争いが渦巻いているのは想像に難くない。
国別対抗となれば、ヒステリックなナショナリズムも水をさす。

しかし、わざわざそんな負の面ばかり見つめてもつまらない。
日本も韓国も、チーム一丸となって全力を尽くして戦い通した。
心折れることなく鍛錬を続けた長く単調な時間、圧力に屈しない集中力と覚悟、チームプレイに奉仕する精神。
そういう「純粋な」闘争心に素直に心動かされたいと思う。

いきなりレベルの違う話になるが、10日前、初めてフルマラソンに挑戦し、無事完走した。
5時間半近くもかかるようなスローペースだが、それでも2年半皆で断続的に続けてきたジム通いがあったからこそのこと。
ゴールした後、期待したほどの感動はなかったけれど、走ることを楽しめるようになったり、早起きしてジョギングしたりするほど、心が軽くなっていることに嬉しい驚きを感じている。

健全な肉体があっても健全な精神が宿るとは限らないが、バランスを崩した肉体を背負いながら健全な精神を維持することは至難のことだと思う。

その点、スポーツはいい。体を動かすことはいい。
何も足さない、何も引かない、自分の身体だけのことだから余計なものがない。汗が出始めると雑念が消える。

肉体だけでなく、精神もシンプルにしていければ良い。ほんとうにそう思う。

2009年4月6日 高速道路料金の値下げ

3月28日から、大都市圏を除き、ETC車両の土日祭日料金が1,000円に値下げされた。
「壇之浦PA店」「佐野SA店」に出店しているため、メディアから「値下げの影響は?」という問い合わせや現地取材が相次いでいる。
短時間ながら、テレビでも各局のニュースで放送されたようだ。

SAやPA内に宿泊施設があり、高速道路から下りずに泊まりながら長距離ドライブができることは、まだまだ知られていない。だから、こうした報道で知名度が上がることは歓迎すべきことだ。
また、今回の値下げ措置によってドライブ旅行の機会が増えれば、すべての店舗において利用者増につながることだからありがたいことではある。
しかし、なにか釈然としない
それは、ふたつの点においてである。

ひとつめは昨年の「深夜割引率拡大」から相次ぐ料金改定そのもに対する疑問。
すなわち、高速料金が政治家や国土交通省によって「おもちゃ」にされていないかということ。
道路公団が分割民営化された目的のひとつは、各高速道路会社が創意工夫を行い、コスト意識を高めながら、自主的に事業の改善と発展を推進していくことにあったはず。国が株式のすべてを所有しているとはいえ、高速道路会社は民間企業だ。そのサービス価格がこのように外部の都合で大幅に変えられ、その差額が自動的に補填されるのであれば、社員のコスト意識など育ちようがない。私がその立場なら「あほらしくて、やってられない」と思うだろう。
大型車が対象に含まれないのは?だが、まぁ緊急の景気対策という狙いはわからないでもない。しかし、数年前あれだけ大騒ぎした民営化の理念はいったいどこへ行ってしまったのか。無定見なご都合主義とはこのことではないのか。

ふたつめはメディアの報道姿勢。取材の主旨はどれもこれも値下げによって、通行車両が増えたとか、SAPAの売上が増えたとか、表面的な現象の確認ばかり。せいぜい、「実施時期のズレ」や「二重支払い」などの揚げ足取りを付け加えるくらいで、前述したような基本的な問題意識は素通りのまま。あの「正義感」はどこへいってしまったのか。政治部と社会部は違う、アレとコレとは別の話しとでもいうのか


「予約は増えてますか?」「事業には追い風でしょうね」なんていう、無邪気な電話取材に対して、いちいち上のようなことをぶつける気にもならないが、「そうですね、ありがたいことです」なんて答えるのも面白くないので、次のように話すようにしている。


両店ともオープン1年未満なので、明確な比較はできませんが、問い合わせは増えているようですし、利用者が増える要因にはなると思いますよ。
ただ、レストランやトイレと同様の基本的な利便施設として何年も提案し続け、ようやく出店を実現したわけですから、今回のような目先のことで一喜一憂するようなことはありませんよ。

2009年7月13日 ファイナンス・リース

「桑名長島店」「寒河江店」と2週連続のオープン準備が無事終了し、きょうから決算監査が始まった。

第3四半期報告書で公表したとおり、
・出店スピードのアップによる新規店舗(軌道に乗るまでは赤字になるケースが多い)の増加、
・店舗増に対応するためのスタッフ増員による本社経費の増加、
・昨年来の不況によるビジネス客を中心とする稼働率の低下、
などの要因により、今回の決算は残念ながら赤字を免れないのだが、悩ましいのは「ファイナンス・リース」の適用によって、会計上1千万円近くの費用が増えてしまうことだ。それも、単年度だけでなく、今後の新規店舗を含め毎年積みあがっていくのだから、経営上の影響はきわめて大きい。

当社の場合、初期の3店舗を除き、店舗の不動産は所有せず、借り上げて家賃を払いホテルの経営と運営を行っているわけだが、先例のない業態であることや会社の知名度を含め信用力が十分でないこともあって、賃貸借期間20年間を通じて家賃保証することで土地建物のオーナーのリスクを減らし、出店契約をまとめてきた。

こうしたことから、従来の「オペレーティング・リース取引」ではなく「所有権移転外ファイナンス・リース取引」に区分されることになり、今回の決算から「リース取引に関する会計基準の運用方針」 に従った会計処理を課せられることになったわけだ。
契約内容も毎月の家賃支払額も変わらないのに、会計処理の方法だけが変わることになる。

具体的に言うと、不動産を購入・取得していないにも関わらず、同等の金額をリース資産・リース債務に計上するため、貸借対照表の金額が一気に増えることになる。
また、リース債務は現在価値で割り引くため、実際の家賃支払額より小さくなるため、差額は支払利息として計上されることになる。
そして、この利息額の算定に利息法が適用されるため、少なくとも契約期間の半ば過ぎまでは定額法による場合よりも割高になる。
つまり、定額法で良ければ、従来の支払家賃≒(リース資産の)減価償却費+支払利息となり、損益上の差はほとんどないのだが、利息法適用となると、従来の支払家賃<(リース資産の)減価償却費+支払利息となり、損失が増大することが利益額に大きな影響を与えることになるのだ。

1店舗あたり、毎年100〜200万円も費用が増加すれば、出店すればするほど赤字が大きくなり、向こう10年くらいはどんなに頑張っても黒字復帰が難しくなる。とすれば、これは当社のようなビジネスモデルを会計制度が結果的に否定していることを意味する。

「ファイナンス・リース」に該当するかどうか。利息法の適用が必須かどうか。
専門書を精読し、監査法人と研究を重ね、公認会計士協会に何度も判断を仰いだが、結論が変わることはなかった。

たしかに、全額家賃保証の賃貸借契約は、ある種の「隠れ債務」を抱えていることであり、会社に万一のことがあった場合の解散価値が貸借対照表から読み取れないことになり、会計の透明性から言えば好ましいことではない。
また、リース債務が減っていくに従って利息の額が減っていくという考え方も至極当然のことと言える。

だが、そもそも会計基準とは一般的な合理性だけで、定めてよいものなのだろうか。
例えば営々として事業を営んでいるメーカー企業が時価会計の適用だけで、突然大きな損失計上が課せられ、経営破たんの危機にさらされる例が少なくないらしい。時価会計がほんとうに企業価値を正当に表すのかという疑問は、本家本元であるアメリカからも発せられ、運用基準が揺れているようだ。加えて、企業会計の継続性・連続性という観点から、運用基準の大きな変更は決して望ましいことではないはずだ。

「隠れ債務」というリスクを負っているというが、そもそもベンチャービジネスというのはそれなりの経営リスクを背負ってスタートするのであり、そのリスクを厳密に費用化すれば、いつまでたっても黒字化できない事業となる。投資家保護は大切だし、経営の透明性も重要だが、今までだって、リース取引の詳細は注記で示していたのだし、すべてをB/S、P/Lに反映しなければならないというのはいかがなものか。

だって、多くの人は赤字は赤字としか見ないし、金融機関の融資条件も株式市場の上場条件も会計基準の変更に配慮するとは期待できないからだ。

今回のことを契機に、今後の出店については家賃の保証期間を20年から15年に短縮させることにした( 詳しくはこちら)。
監査法人との検討を経て、公認会計士協会にも確認したが、これだと「所有権移転外ファイナンス・リース取引」に当たらないからだ。
たしかにオーナーのリスクは多少高くなり、出店交渉に影響が出るおそれもあるが、旅籠屋の実績や信用力も10年前とは違うだろう。誠実に説明して、理解していただくつもりだ。

それにしても、都市計画法といい、旅館業法といい、労働基準法といい、会計基準といい、どこへ行っても、旅籠屋のビジネスは「想定外」で苦労が絶えない。 やれやれ。

2009年7月15日 なにわ節

きのうは、久しぶりにひどく落ち込んだ。
仕事を終えた後、あえて自分を鼓舞しようといつものようにジムに行き、5km走って、その間は忘れられたが、夜中になると目が覚めて眠れなくなった。
というのも、楽しみにしていた新しい出店の話しが、最終段階になって暗礁に乗り上げてしまったからだ。

そもそもは先方から持ち込まれた「建て貸し」の話しで、現地を訪ね、条件面で譲歩し、質問にも誠実に答えたつもりなのだが、上層部からのゴーサインが出なかったらしい。考えてみたら、ちょっと失礼な話しではないか、とも思うのだが、景気低迷の中、経営者の判断も慎重にならざるを得ないのだろう。

思い返せば、業務提携先であるリサ・パートナーズさんの協力を得て比較的容易に出店数を増やせるようになったのはここ2、3年のこと。それ以前は、ひとつひとつの建て貸し案件を具体化するために、何度もオーナーへの説明を繰り返し、結局実を結ばないケースも少なくなかった。
くやしい、情けない、今回、そんな苦い思いを久しぶりに味わった。

1号店オープンから15年が過ぎた。店舗も30に増えた。高速道路内の宿泊施設という画期的な出店も実現した。
相変わらず、儲かるビジネスにはなっていないが、それは創業の理念を重視し続けていることの結果でもあり、社会的使命を実直に果たそうとしている証しであるとの自負もある。
つまり、数年前より、ずっと実績も積み、信用力も上がっているはずなのだが、それでも相変わらず「信頼してもらえない」とすれば、なんとなく虚しくなる。 悲しくなって思わずため息が出る。

新規出店に関して、当社は一時的なキャピタルゲインを得ているわけではない。オープン後、長期間にわたってコツコツと宿泊営業を続けていく積み重ねがすべての利益の源泉である。だから、新規出店を続けなければ、経営が成り立たないというような自転車操業とはまったく無縁である。というより、出店ペースの上昇は当面の赤字店舗を増やす面があるから、損益上は出店を抑制するほうがプラスだったりする。

だから、今回のことも損得の面で嘆いているのではない。

しかし、旅籠屋のオープンを支え、それを生業の柱にしている実直な取引先がいくつもある。そして、支配人になる日を待ちながら全国を飛び回っている「代行支配人」の夫婦が何組もいる。こうした人たちにとって、コンスタントな新規出店の継続は死活問題である。

彼らの期待と望みに応えたい。それが、私の一番の願いであり、ため息の理由でもある。
それを「なにわ節」と批判するなら甘んじて受けよう。アマチュア経営と揶揄するなら、そのとおりと答えよう。

「経営者は心の中に鬼を一匹飼っておけ」という言葉があるが、情に流されない厳しさを持つという意味では納得するが、会社の利益のためなら周囲の犠牲を省みないということなら断じてそれは私の流儀ではない。

旅籠屋に関わる人間がハッピーになれないなら、いったい何のためのビジネスか。


暗礁に乗り上げてしまった今回の出店用地。 おそらく、他には有効活用が難しい土地だと思う。 しかし、旅籠屋にとってはとても面白い立地だと感じている。
海水浴を楽しむ子供たちの笑い声、近くの事業所を訪れる馴染みのビジネスマン、のんびりと周辺を散策する年配のご夫婦。
地域を照らす小さな灯火となる宿。社内のみんながそんな光景を思い描き楽しみにしていた旅籠屋。

ちょっとした波の一押しで船が暗礁を越え、再び進み始めることを願って止みません。

2009年8月3日 3年ぶりの8耐観戦

1987年以来、毎年のように観戦に行っている「鈴鹿8時間耐久ロードレース」。

公私ともに忙しく、ギリギリまで迷っていたが、3年ぶりに現地で観戦することにした。しかも、今年は久しぶりに友人とふたり、バイクでのロングツーリング。高速道路の休日特別割引を活用しようと2ヶ月前にETC取り付けを申し込んで、それもなんとか間に合った。

思い返せば20歳の頃、近所の自転車屋さんで3千円の中古カブを買って以来、初めはゲタ代わりのつもりだったのにすぐにバイクの虜になった。その魅力を語る言葉は世の中にたくさんあるが、要は性にあっていたということだろう。

寝袋やテントを積んで野宿ツーリングに行ったり、あちこち分解したりちょっとした改造をしてみたり、ミニバイクレースに出ようと練習してみたり、トライアルバイクを買って毎週のように山へ出かけたり、 いろんな思い出がある。
そんな中、30代も半ばになって初めてレース観戦にいく機会があり、言葉で表せないような衝撃を受けてしまった。
そのあたりの経緯は12年前に書いたこちらの旅行記で。

その後、縁あって、8耐に挑戦し続けるプライベーターをサポートし「チーム旅籠屋」として参戦(2000年2001年)したりもした。
バイクとの出会いがどれほど私の人生を豊かにしてくれていることか。

さて、今回の観戦旅行。

8耐といえば基本は7月末の開催、真夏のイベントの代名詞になっている。少しでも炎天下の走行を減らそうと、初日金曜日は仕事を終えたあと、夜のうちに走って途中の「ファミリーロッジ旅籠屋・牧之原店」へ宿泊することにする。
ところが、 いきなりの雨で時間がかかり、吉田ICを下りた時点で土曜日(23時に間に合わないことは途中から支配人に連絡済み)。幸か不幸か、初日から休日特別割引の適用を受けることになった。

深夜0時半、 宿に到着。すでに明かりが消え、静まりかえっているため、すぐにエンジンを切って車寄せの端にバイクを駐める。びしょぬれになった服を脱いで暖かいシャワーを浴び、持参のモバイルPCでメールチェックして、広いベッドでくつろぐ。手前味噌ながら「ファミリーロッジ旅籠屋」は、シンプルだけど、とても心地よい。2輪のツーリングにももっと使って欲しい、と思う。

2日目、外は今にも雨が降り出しそうな鉛色の空。今回はプライベートでの利用なので宿泊料金を支払い、遠慮なく朝食のパンやコーヒーをいただいてカッパを着て出発。
伊勢湾岸道が開通し、鈴鹿周辺道路が整備されたおかげで、サーキットへのドライブは格段に楽になった。途中、前半は雲が切れて夏の日差しにさらされたものの、後半はまた土砂降りの雨に見舞われて靴は再びグショグショ。2時半頃には到着したが、予選は裸足で観戦。
サーキットは大幅な改築直後で、園内もスタンドも大幅に雰囲気が変わっている。来場者も少ないので、屋根のかかっているV2スタンドはとても快適。

以前サポートしていたライダー達はその後も参戦し続けており、予選落ちを繰り返していたが、今年はギリギリのタイムであすの決勝に出られることになった。素晴らしい。知人が走っているとなれば、観戦の楽しみも比較にならないほど大きくなる。
夕食を済ませ、定宿に着いて、友人とバイク談義をしながら眠りにつく。

いよいよ決勝当日。天気予報は曇り時々雨だが、空は明るい。 10時半過ぎに席につく。 まわりは空席が目立ち、ゆっくり観戦できそう。
11時過ぎからはチームとライダーの紹介。聞こえないとは知りつつも、予選突破した知人ライダーに大声で声援を送る。 40過ぎても挑戦し続けている一途な思いに拍手。

11時半、予定通りスタート。
50台以上のマシンがいっせいに始動して1コーナーへ飛び込んで行き、2分ちょっとの静寂のあと、一群の流れとなってホームストレートに戻ってくるときの音と光景は何度経験しても感動的だ。
生身のライダーが時速250kmを超えるスピードで加速しながら次々に駆け抜けていく。真っ赤になった純粋な人間の意志そのものが迫ってくる感じで、心が震えてしまう。血が騒ぐ。

その後のレース経過は省略。

途中、3回ほど土砂降りの雨になり、4回もセーフティカーが入る大荒れのレースになったが、結果、応援していたヨシムラのチームが優勝。
知人ライダーのチームも、なんと35位で無事完走。きっとピットで喜びを爆発させているに違いない。良かった、ほんとうに良かった。おめでとう。
過酷なレースだったせいで、ゴールの時の感動も大きく、パレードラップで全車が戻ってきた時は泣きそうになった。

庇の深い席にいたため、雨にも降られず、直射日光にも当たらず、今年は快適な8時間。無理して来てよかったな、と思う。

いつもなら、宿に戻ってのんびりと余韻を楽しむところだが、今回は帰りのロングツーリングが待ってるので、すぐに気持ちを切り替えなきゃならない。サーキットホテルのレストランでいつものように夕食を済ませ、小雨模様の中、亀山から新名神を抜けて今夜の宿である「レストイン多賀」へ。これも高速道路料金節約のためだ。

もっとも通行量の多い名神・東名・中央高速のSAにこそ、「ファミリーロッジ旅籠屋」があればこんな遠回りなどしなくて済むのに。
というか、民主党の公約が実現して、高速料金がタダになってしまえば、この辺の事情も一変してしまうかも。今回ならインターの出口脇にある「土岐店」などが最適だ。
いずれにしても沿道にあると言う意味でSA・PA内の宿泊施設の利便性は変わらないのだから、中日本高速道路の英断を望みたい。

そんなことを考えながら夜の新名神に入った後は夜空の雲も消え、快調に走り、11時半には多賀SA内にある「レストイン多賀」にチェックイン。 すぐに大きな風呂に入って、リフレッシュ。なんとか、無事ここまで来たぞ。

一夜明けて、いよいよ、東京に戻る月曜日。
当たり前のことだが、肝に銘じているのは、とにかく無事に旅を終えること。気を引き締めて、走り始める。

今回乗ってきたのは、所有している2台の250ccバイクのうち、ロングツーリング向きのKAWASAKIのエリミネーター。
もう1台のYAMAHA R1-Zは高速道路の長距離走行には向いていない。以前、仙台から走ってきたときの旅行記はこちら

調べてみたら、エリミネーターを買ったのは15年前、1994年の9月。旅籠屋を設立した直後、まだ1号店の構想を立てている頃だ。

最近は、めっきり乗る機会も減っていて、高速を走るのも久しぶりだったが、エンジンは快調。なにひとつ不具合は感じなかった。

しかし、けっして無理はせず、時速100km以下でたんたんと走る。行きと同じ道を通るのも能がないし、交通量も少ないだろうと、帰りは中央高速に走ることにしする。

ずっと、小雨模様の天気の中、夕方7時前、明るいうちに無事帰着。
450kmは長かったけれど、
真夏の太陽にも焼かれず、土砂降りにもあわず、かえってラッキーだったかもしれない。

ETCは、ほんとうに便利だった。安かったし、2輪で高速使うなら必須。
8耐、思い切ってバイクで行ってよかった。ウルウルした。
しかし、時間に追われて走るロングツーリングはつらい。

宿泊した「牧之原店」をはじめ、「浜名湖店」「桑名長島店」「伊賀店」「彦根店」「土岐店」「小淵沢店」「韮崎店」などが沿線にあり、近くを通るたびに「支配人」の顔や店の様子を思い浮かべたりした。

機会を見つけて、これらの店に泊まりながらゆっくり旅したいと、 何度も何度も考えた。

2009年8月24日 1年ぶりのナイトマラソン

先週の金曜日、去年に引き続き、8名で今年も「葛西臨海公園ナイトマラソン」に参加した。

コースは去年と同じだが、なぜか逆周り。

ランニング大会に出るようになって丸3年。最初は断続的だったが、最近は毎月のようにどこかしらの大会に参加するようになり、ジム通いなどの練習も年間を通じて続けるようになっている。
私個人の10kmベストタイムも、初回の79分47秒(2006年7月)から56分21秒(2009年4月)へと、着実に縮まっている。
そこで今回もベスト更新を目指したいところだが、なにせ気温も湿度も高く、秋からのシーズン到来前の足慣らしと割り切る。

案の定、走り始めたとたん汗が噴出し、精神的にとても苦しいレースになった。
それでも、ちょうど走力が拮抗しているTさんと抜きつ抜かれつの競走になったことが励みになり、去年の記録を約1分半縮めて57分34秒でゴールすることができた。

それにしてもこの大会、途中の距離表示もほとんどないし、ゴール付近の時計もない。電気計測しているにも関わらず、速報も一部しか掲示されない。このタイムも計時を担当した会社を調べて電話し、無理に教えてもらったものだ。

最近のランニングブームを反映して、間違いなく大会が増えているが、どうもランナーの思いを理解していない大会が少なくない。圧倒的大多数の参加者はトップ3の表彰などではなく自分のペースやタイム更新を目指して走っている。だから距離表示や時計の設置は必須なのだ。
主催者の裏方の苦労はもちろんたいへんなものだと思うが、ランナーの望みに応えることを基本にして欲しい。逆に参加賞のTシャツやタオルなんてなくていいのだ。

公私ともにストレスの多い毎日だが、走ることで気分転換ができる。努力して良いことをしている、という気持ちが心を健康にしてくれている。50歳代も半ばになって始めたことだから、上達する余地は大きくない。率直に言ってタイムも市民ランナーの初心者レベルだ。でも「今日の自分が、人生で一番若い」という言葉を頼りに向上心を持ち続けていたいと思う。

10月には5kmと10kmの大会に出場する。11月には2度目のフルマラソンだ。
いずれもベストを更新する。

近々、ホームページの片隅にランニングサークル「チーム旅籠屋」のコーナーを設けて参加予定の大会やタイムを載せようかと考えている。
皆さんもご一緒にいかがですか。

2009年9月18日 幹さんと株主総会

本日開催の第15期定時株主総会、10名ほどの株主の出席をいただき、先刻、滞りなく終了した。
5年ぶりに赤字決算になり、厳しい叱責も覚悟していたが、暖かい励ましの言葉もいただいた。

任期満了にともない、甲斐 幹が退任し、店舗開発部長である森 弘と、店舗管理部長である小島 裕生が新任の取締役に選任された。

甲斐 幹は、私の父である。
15年前、旅籠屋の会社設立資金を出資してもらい、その後も金融機関から相手にされない時代、何度かつなぎの運転資金を融通してもらった。取締役として15年余り、いっさい無給でありながら、陰ながら会社を支えてくれた。

年初より、病床に臥せっており、はやくから退任を決めていたが、最後の総会は欠席となった。

というのも、任期満了前日の昨夕、残念ながら遠くへ旅立ってしまったからである。
寝たきりとなって8ヶ月、本人の希望もあり、自宅での介護を続け、幸い痛みや苦しみも少なく、眠るように息を引き取った。
数日前まで、いつものように私が口元に運ぶスプーンから夕食の粥を食べてくれた。
数時間前までは、呼べば目を開いてくれた。
ろうそくの炎のように消えそうになる命の火を揺らせながら病いと闘っていた。
母は両手でその炎を包み、消えないように必死に守り続けていた。
しかし、とうとう、最期の1時間、握り続けた手が反応を返してくれることはなかった。

最後まで「寒河江店」に行きたいと望んでいたが、叶わない願いとなった。

株主総会の会場は、本社近くのいつもの貸しスペース。
部屋に入った途端、昨年まで隣りに座っていた姿が思い出され、一瞬胸が詰まった。
朝、妻から父愛用のネクタイとベルトを渡された。
これを身につけ、いつものように「参加」してもらった。
ここ数年はすっかり安心し、滅多に仕事の話をする機会もなかったが、「旅籠屋」の発展を心から願い、店が増えていくことを喜んでくれていた。

ただ1人の子供として、個人的な思いは尽きないが、旅籠屋にとって、ひとつの時代が終わり、新しい時代を迎えている気がする。
遺志を裏切ることなく、努めて行きたいと思う。
きょうの株主総会が、その第一歩になるのかもしれない。



幹さん・・・

私は、幹さんが激しく我が身を燃え立たせて生きてきたことを知っています。
時にはその熱に焼かれ、時には暖められてきましたが、確かにその炎は周囲を照らしていました。

いつも一生懸命の後姿を見ていましたよ。
男として、人間として、立派な人生でした。
社会的地位とは関係なく、誇れる父親でした。

「ごまかすな」
幹さんが私の心に焼きつけた血の刻印です。

ありがとう。

2009年12月30日 節目の年
あと1日で今年も終わる。来年は2010年、平成22年。

そうか、あの9.11から10年近くが過ぎたのか。元号が変わって20年以上も過ぎたのか。
なんとなく無我夢中で生きているから時の経つのを忘れてしまっている。

それにしても、今年は、変化の大きい1年だった。

新年早々、下の義娘が所帯を持ったのをきっかけに我が家を改築、20年以上の変則的な生活に終止符を打って夫婦と愛犬1匹での生活がスタートした。
春には上の義娘が出産して初孫が誕生、ジージになった。

いっぽうで、1月早々から父が病床に伏せって、長い自宅介護を経て9月に他界した。
残された母に立ち直ってもらおうと半ば強引に部屋を改築、遺品の整理をしながらようやく片づけも終わりつつあるところだ。
2月には「偲ぶ会」を催し、3月には故人の遺志にしたがい故郷の川に散骨に行く。

そんな中でも、ランニングは続けている。
今年の走行距離はあと3kmで年間1200kmになる。月平均100kmだ。
毎月のように大会に参加し、フルマラソンにも3回出た。
記録は少しずつしか伸びないが、体重も体脂肪率も下がり、体力は確実に向上した。
それになにより、走ることが習慣になり、精神的にどれほど救われたか知れない。
流れる汗は憂さを忘れさせ、息苦しさや筋肉痛は無条件に自分が生きていることを実感させてくれる。
無為に時間を過ごしていないと思えることが、心を軽くしてくれる。

仕事のほうは、不景気の影響などによる5年ぶりの赤字決算と稼働率の伸び悩み、そして新規出店の難航と表面的には停滞の年になった。
しかし、多くの支配人と対話し、業務の見直しや改善に力を尽くす、充実した1年でもあった。
テレビでも紹介され、少しは知られる存在になってきたようだ。

上げ潮に乗ってはやされるのも悪くない。
知名度やステータスが上がるというのも悪くない。
しかし、そんな上っ面の見栄えで自分たちを見失うなんてばかげている。

きっと来年も、そろりそろりと前進する年になるだろう。
周囲から見れば、焦れったい歩みかもしれないが、毎日すべきことをする、それで良い。
シンプルで自由な、旅と暮らしをサポートする。それで良い。
それだけ、根本的に価値のある仕事をしていると変わらずに信じていられるからだ。

今年は、変化の大きい1年だった。
後に振り返れば節目の年だった、ということになるのかもしれない。
でも、一喜一憂せず倦まず弛まず進む。

その結果、来年、どんな景色が見えてくるのか、とても楽しみなのだ。


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「旅籠屋主人のベンチャー日記」 (雑誌「戦略経営者」連載)はこちら

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