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旅行記

 

2年ぶりの旅 '97日本GP観戦ツーリング 1997.4.18〜21

 

4月18日(金) 晴れのちくもり、一時雨


愛車 Kawasaki Elliminater

 

開業以来の軟禁生活に耐えてきた。
フラストレーションも限度を越えると精神状態に変調をきたしてくる。
これではイカンと、思いきって2年ぶりの旅行に出かけることにした・・・

行き先は2年前と同じ鈴鹿サーキット。毎春開催される2輪ロードレース世界選手権日本GP観戦をメインにした3泊4日のバイクツーリングだ。

バイクは3年前に購入したカワサキのエリミネーター。日頃乗る機会が少ないため、事前にバイク屋さんに総点検してもらった。フロントフォークのオイルシール、点火プラグ、オイルなど、走っていないと確実に不具合が出る。

待ちに待った出発日。雑用に時間をとられ、結局「旅籠屋」を後にしたのは正午近くになってしまった。4日も出かけるとなると、いろいろなことが気にかかる。しかし、しばらくは「旅籠屋の主人」じゃない。

旅籠屋から121号を今市方面へ南下、日光街道の裏道を右折。午前中は日も射していたのに日光を過ぎるとどんよりとした曇り空、気温も下がって冬に戻ったような感じだ。いろは坂手前から122号に入る。わたらせ渓谷鉄道に沿って桐生へ下っていく、以前から走りたかった道だ。

日足トンネルを抜けると、じきに足尾の町。炭住というのか、かつての鉱山労働者の住宅が目に入る。家並みの広がりに比べ、あきらかに人の気配がない。鉱山跡ツアーを数少ない観光資源にしているのであろう「宿」の苦労がしのばれる。さびれているとも言えるが、過剰な観光臭が消えた静けさは、私にはかえって好ましい。

道は、わたらせ渓谷鉄道と交差しながら続く。渡良瀬川の上流になる渓流なのだが、信じられないほど頻繁に砂防ダムが造られている。その無神経さ、傲慢さ、鈍感さが旅の気分をいっぺんにシラケさせる。日本中の川を神田川にしようというのか。

関東平野の西側をひたすら南下、途中突然の雷雨に見舞われて雨宿りしたり、圏央道(一部開通しているとは知らなかった)を通ったりしながら、夕方には湘南海岸に辿り着いた。暮れなずむ浜辺で久々に波の音を聞いた後、海沿いの道を伊豆へ急ぐ。

西湘バイパス、真鶴道路、熱海ビーチライン、4輪にせっつかれながら走る夜道はつまらない。途中ファミレスで夕食を済ませ、9時すぎに今夜の目的地、伊東の「旅籠・夢庵」に無事チェックイン。

ここは、ウチと同じような素泊まりを基本とする安価なロードサイドホテル。4ケ月ほど遅れてオープンしたのだが、名前が似ていることもあって、雑誌でよく並べて紹介された宿だ。以前から1度訪ねてみたいと思っていたのだが念願がかなった。支配人と30分ほど雑談して床につく。

4月19日(土) 雨のち晴れ

きょうは朝から雨。伊豆半島横断の峠越えも、これではつまらない。
皮肉なことに、西伊豆に下ってくると雨も上がり、沼津で東名高速に乗る頃にはすっかり良い天気になってきた。しかし、エリミネーターのようなツーリングバイクにとって、高速道路は楽しい道ではない。こういう道は、レーサーレプリカに限る。カウルに身を沈め、スロットルひとひねりで150kmと行きたいところだ。

レースは、きょうが予選最終日。昼過ぎから125cc、500cc、250ccの順で1時間ずつの真剣勝負が繰り広げられているはずだ。東名阪が東名につながって随分と便利にはなったがやっぱり遠い。気は焦るが、無理は禁物。3時頃ようやくサーキットに到着して250ccクラスの予選には間に合った。

思い返せば、ちょうど10年前、初めて生でレースを見たのが22年ぶりに開催されたこの日本GPだった。小雨の中、当時はスタンドもなかった最終コーナーの斜面から目撃したシーンが今でも忘れられない。あの時の感動を味わいたくて、毎年のように春のGPと夏の8耐に来るようになったのだ。

予選終了後、まだ時間は早かったが、鈴鹿の定宿である「白子駅」近くの旅館「新みやこ」に入った。このあたりは10年前とほとんど変わらない。不思議な静けさを持った町。サーキットが出来るまでは伊勢へ向かう途中の、ありふれた漁師町あるいは宿場町だったのだろう。こういう宿の雰囲気こそ、伝統的な「旅籠」に近いのかもしれない。

すっかり顔なじみの女将さんのはからいで一番風呂につかり、同宿予定のS君を待つ。彼は以前勤務していた会社の後輩だが、退社したあともバイク友達としてのつきあいが続いている。

かつてほどではないが、春のGPも夏の8耐も数万人にのぼる観客が集まってくる。F1の時もそうだが、ビッグレースの開催中に宿を確保するのはなかなかたいへんなことだ。こうした定宿を持てたのは10年間欠かさず鈴鹿通いを続けているS君のおかげだ。

今回は新幹線で往復と言っていたが、夜になって彼はCBRで現われた。そうこなくっちゃ。ニフティの裏話し(彼はあるフォーラムのスタッフだった)や「旅籠屋」のホームページへの批判などを聞きながら眠りにつく。あとはふたりでいびきの大合唱。

 

4月20日(日) 晴れのち曇り

いよいよ、今回の旅のメインイベント、日本GPの決勝の朝がきた。さいわい天気は穏やかな晴天。レース開始は11時半なので遅い朝食をとって宿を出立。15分ほどでサーキットに到着。駐車場には何千台という多種多様なオートバイの群れ。しかし、ファッショナブルで、どこかのんびりとした雰囲気が漂っている。

10年前、初めてここにたどり着いた時のことを思い出す。あの時は冷たい雨が降っていた。観客は圧倒的に男が中心、華やかなウェアとは無縁のバイクフリークが何かに急き立てられるようにここにうごめいていた。オートバイに乗ること自体が生き方の表明であり、カウンターカルチャーの一部であり得た時代の匂いを残していた頃だ。駐車場を埋め尽くすバイクの群れと遠くから聞こえてくるレーシングマシンの排気音を聞くだけで気持ちが高ぶり、奇妙な一体感がサーキット全体を包んでいた。

バイクに乗ることが特殊なことでなくなり、みんなが気軽にレース観戦を楽しめる時代が悪いはずはない。しかし、かつて私の全身を震えさせたレースの感動は、どこかこの穏やかさに馴染まない。実際、年々観客は静かになる一方で、ますますお行儀の良いピクニック気分が強まっている。みんな何しにここに来たの?

S君の提案で、今回の席は10年前と同じ最終コーナー。シケインを抜けたバイクが前後輪をスライドさせながら加速し、ホームストレッチへ駆け下りていくポイントだ。まっすぐに走り去るマシンの甲高い排気音は、メインスタンドにこだまして何とも言えない共鳴音を響かせる。

「あの時の感動は幻だったのか!」かすかに抱いていた心配は無用だった。300kmに達するストレートエンドに向かって走り抜けていくマシンの後ろ姿はやっぱり私に言葉を失わせるほどの感動を与えてくれた。

最後尾スタートながら、鬼神の走りで優勝した上田(125cc)、ラストラップの最終コーナーでトップを奪いGP初参戦にして初優勝の加藤(250cc)、そして中盤までトップを死守した岡田(500cc)。素晴らしいレースだった。

余韻にひたる間もなく、サーキットを後にして東へと向かう。これから富士山麓・朝霧高原の山村夫妻のお宅へ向かうのだ。
山村雅康さん・礼子さんと言えば、ご存知の方も多いだろう。ご主人は2輪のラリーイストとして、礼子さんは加えてTVのレポーターとしても著名だ。3年ほど前、ひょんなことから知遇を得、「旅籠屋」の計画についていろいろなアドバイスをいただいたこともある。

おふたりは2年前、住み慣れた東京を離れ、富士山麓の原野に居を構えているのだが、鈴鹿からの帰り道、ユニークなその住まいに1泊させていただき、夫婦そろって完走という快挙を成し遂げたダカールラリーの話でも伺おうというわけだ。こんな機会は滅多に無い。S君ももちろん同行だ。

鈴鹿を立ったのが夕方4時。あとはひたすら高速を走り継いで、夜10時前に無事おふたりの出迎えを受けることになった。

4月21日(月) 曇りのち晴れ

昨夜は、結局、深夜1時過ぎまで雑談におつきあいいただいてしまった。すっかり生活のペースを乱してしまい申し訳ない。しかし、昨夏おふたりで参加されたイーハトーブトライアルのビデオを見たり、ラリー用マシンづくりの苦労話しを伺ったり、寝てしまうのがもったいないような気持ちだった。

興味深かったのは途中で持ち出したパソコン通信やインターネットの話し。「なぜ始めないの?」という問いに対し、「必要ないし、自然の中でラリーを戦うには余計なものを加えないシンプルな生き方が大切」との返事。納得のできない答えだったのでしばし意見のやりとりが続いた。無自覚に流されず、自分達の感性と意志で生活を組み上げている人間との会話は刺激的で楽しい。

というわけで、翌朝はそうしたふたりのライフスタイルの賜物である住まいのハウスツアーをしていただいた。キャンピングカーの自宅(現在発売中の雑誌「オートキャンパー6月号に詳しく紹介されている)、廃屋を改造したファクトリー、周囲の原野や林の中にしつらえたトライアルコース。どれもが夢のような世界だ。私を含めこうした世界を夢想する人は多いだろうが、現実のものにして維持していくパワーは凄い。

晴れていれば、目の前に富士山の大パノラマが出現するはずなのだが、残念ながら今朝は曇り。「また、おいでよ、ということじゃない?」ということで、あきらめる。もしかするとおふたりには迷惑かもしれないが、今度はもう1台の愛車TLRでここを訪れ、昼間はトライアルごっこ、夕方には現在着工準備中の露天風呂に入り、夜にはファクトリー横の「スタジオ」で周囲気にせずハモニカをブイブイと行きたいものだ。

いつかきっとまた来ますから、とお願いして、雲隠れしたままの富士山に別れを告げる。東名を帰るS君ともここでサヨナラ。私は中央高速・東北道をとおって「旅籠屋」へ向かった。

考えてみれば、時間に追いかけられるようなあわただしい4日間だった。つねづね「旅籠屋でのんびりとした旅を」なんて言っているくせに、結局はあれもこれもの旅をしてしまった。でも、2年間我慢していただけに満足感と充実感がこみあげてくる。
3日ぶりにパソコンを立ち上げ、さあ「旅籠屋の主人」に変身だ。