メンバー
記録集
今後の予定
コラム
リンク集
トップへ
 
Supported by
ファミリーロッジ旅籠屋
 
 切れない!4時間の壁  2011.04.21
走り始めて少し経ち、大会に出るようになると、誰しも記録が気になってくる。
そして、何度か大会に出続けていると、壁に突き当たる。

壁は人それぞれ。各人の身体能力によって異なるが・・・
私の場合『10km50分、ハーフ1時間50分、フル4時間』というのが、なかなか越えられない壁だった。
壁を越えよう、壁を取っ払おう、一定の努力をした。
そして、一昨年(2009年)、何度かの挑戦の末、『10km50分、ハーフ1時間50分』の壁を越えた。

次は、フル4時間の壁!
2010年は「フルマラソンで4時間を切ること!」が目標となった。
2009年のベストは、4時間29分40秒
その29分40秒を縮めるために月に300km以上、走ったこともあった。

フルマラソンの大会には1年間で6つもエントリーした。
しかし、残念ながら目標未達に終わり、“サブ4の壁”を存分に味わうことになった。

まずは、1月の石垣島マラソン
レース前2ヶ月で、500km以上走り、脚力には自信が付いていた。
しかしオーバーペースが祟り、27km地点でまさかの腹痛。
4時間23分42秒、若干ベストを更新したものの、不本意な結果となった。
2ヶ月後の荒川市民マラソンでリベンジを誓った。

そして3月、満を持して挑む予定が…
強風で大会中止、荒川市民マラソンが開催されることはなかった。

不完全燃焼を紛らわすように、代わりの大会を探した。
しかし、その頃はオフシーズン。大会が少なく、一昨年暑さと水不足に苦しんだ喜多マラソンしか残っていなかった。
6月開催、記録を狙うには適さない。27度の暑さに苦しみ、記録を伸ばせなかった。

そして、夏が明け、マラソンシーズン到来。
数ヶ月前から調整し、10月末、しまだ大井川マラソンを走った。
台風が心配されたが天候も良く、ハーフまではサブ4ペース。
しかし、給水を怠り脱水症状となった。なんとかゴールしたものの…
4時間58分47秒と、前年にも及ばない散々な結果となった。

そして、1ヶ月後、大田原マラソンに出場した。
制限時間4時間の上級者向けレース。4時間を切れなければ記録もない、自分を追い込んだ。
出来は今までで一番良かった。
しかし、33.3km地点の関門、数m手前でロープを張られ、バスに収容された!
あと9km走れれば…まだ余力があったのに…数日間、関門のロープが頭から離れなかった。

そして、大田原の5日後、
保険のつもりでエントリーしていた「つくばマラソン」を走ることにした。
ペースは太田原より遅かったが…ベスト記録は大幅に更新した。しかし、4時間06分45秒。
残念ながら4時間を切ることは出来なかった。
中4日だから疲れが抜けていなかったのかも!?自分を慰めたが…
いささか、記録を狙うことに嫌気が差した。

ウルトラマラソンに出会ったのは、ちょうどその頃だった。
そして、以前書いたように、記録に固執せず、走ること自体を楽しむ大会があることを知った。
人一倍記録にこだわっていたせいか、こういう世界もあるのか…と、目からウロコが落ちた。
この世界が自分には合っているのかも!?今後は・・・少なくとも当面は・・・ウルトラをメインにしよう!そう思った。

しかし、4時間切りを忘れたわけではなかった。
ウルトラの世界に旅立つ前に、とりあえずフルで4時間は切っておきたい!
けじめをつける必要があった。

じつは…4時間切りには、別の意味もあった。
4時間を切ったら持病の手術を受けよう!そう考えていたからだ。
もちろん、4時間切りと持病の手術は直接的な関係はない。
4時間を切らなくても、手術だけ受ければよい。
しかし、私の持病は日常生活には何の支障もない。あくまで走る上で制約となるだけ…
それなら区切りよく、目標を達成してからにしたい!
いつしか、私の中では、「4時間切り」と「持病の手術」は切っても切れない関係となっていた。

ところが 、いつまで経っても4時間を切れない…手術も延び延びとなってしまった。


しかし…ついに手術を受けるときがきた!
宮古島ワイドーマラソンを走った2週間後。
勝田マラソンで、4時間を切ることができたからだ!! 記録、3時間59分02秒。

越年ではあったが、ようやく昨年来の目標を達成した。

そうなれば…手術も!
当然、そうなるはずだったが…いささか迷いが生じた。
迷いについては次回、述べる(怖くなったからではない)

しかし、悩んだ挙げ句、手術日を決めた。 4月27日(水)、来週だ!!
これで“The End”にする。


追記:前編・後編でまとめる予定でしたが、入院時の様子は闘病記にまとめました。

   
TEAN旅籠屋